小芝風花は"未来の五輪候補"だった!? 女優が封印したフィギュア人生【芸能人“運命の分岐点”】

全国大会優勝――将来を期待されたジュニア選手

努力は着実に実を結ぶ。2010年の西日本中小学生フィギュアスケート競技会では8位入賞を果たし、翌2011年には「第15回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会」のアイスダンス種目で優勝。全国から選りすぐりの選手が集う強化合宿(通称・野辺山合宿)にも3度参加するなど、将来を嘱望される存在だった。

当時はダブルアクセルやトリプル系のジャンプも複数種目跳べるレベルにあり、オリンピック出場を夢見て本気で競技に向き合っていたという。一方で、両膝にオスグッド・シュラッター病(成長期のスポーツ選手に多い膝の疾患)を発症し、2度の手術を経験。それでもリハビリを乗り越えて競技に復帰するなど、並々ならぬ執念で氷上に立ち続けた。

フィギュアスケートは、美しい演技だけでは勝てない。ジャンプの精度、体幹、リズム感、精神力、そのすべてが求められる競技だ。幼い頃からそうした厳しい世界で鍛えられた経験は、現在の小芝のしなやかな所作や豊かな表現力につながっているようにも映る。

浅田真央のCMが芸能界への扉を開いた

そんな少女の人生を変えたのは、意外にもフィギュアスケートと無関係ではなかった。小芝は後年、「浅田真央さんが出演していたCMを見て、『私もCMに出たい』と思ったことが芸能界に興味を持つきっかけでした」と明かしている。

12歳年上の姉がオーディション情報の載った雑誌を購入し、応募を後押ししてくれたという。こうして「イオン×オスカープロモーション ガールズオーディション」に挑戦。約3万5000人の中からグランプリに輝き、一躍芸能界への切符をつかんだ。当時は「軽い気持ちで応募した」といい、競技との両立も視野に入れていたというが、上京後はレッスンや仕事のスケジュールが多忙を極め、両立は次第に困難になっていった。

長年追い続けてきた夢を胸にしまい、小芝はリンクを離れる決断を下したのである。

氷上で培った表現力は、スクリーンで花開いた

芸能界入り後、小芝は映画『魔女の宅急便』で主演を務め、一気に注目を集めた。その後もコメディーからシリアスドラマ、時代劇まで幅広い作品に出演し、若手実力派女優として確かな地位を築いた。

彼女の演技には、姿勢の美しさや体の軸の安定感、そして繊細な感情表現が自然とにじむ。フィギュアスケートは「氷上で物語を演じる競技」とも言われる。観客の心を数分間でつかむ表現力は、俳優に求められる資質とも重なっていたのだ。

本人もスケート経験が現在の仕事に生きていると語っており、競技生活で積み重ねた努力は、形を変えて女優人生の大きな財産になっている。