なぜ29歳で引退したのか――日本サッカーの常識を変えた中田英寿の「誰にも媚びない」人生哲学【スポーツ界"男気列伝"】

中田英寿(mooinblack Shutterstock)

損得抜きに夢を追い、いざという時には身銭を切って弱者を救う――スポーツ界には、そんな男気を体現する者たちがいる。シリーズ「スポーツ界"男気列伝"」。今回はセリエAの舞台で世界に道を切り開き、29歳で惜しまれつつ引退した孤高の男、中田英寿を振り返る。

「ヒデは冷たい男」――世間はそう誤解していた

「日本サッカー界で一番クールな男」と言われた中田英寿。試合後も笑わない、メディアに媚びない、代表でも群れない。金髪にサングラスという風貌も相まって、「何を考えているかわからない男」というイメージが先行した。

だが、その素顔を知る関係者が口をそろえて語るのは、まったく逆の人物像だ。義理堅く、一度信頼した相手との縁を何より大切にする、必要とあれば損得を考えず動く――中田英寿の男気とは、決して感情を表に出さない"不器用な優しさ"だった。

日本人初の「世界基準」を切り開いた反骨精神

1998年、イタリア・セリエAのペルージャへ移籍。2000年にはASローマへ移籍。当時のセリエAは世界最高峰リーグであり、日本人選手が主力として活躍するなど、多くの人が想像もしていなかった時代だ。言葉も文化も違う環境。アジア人への偏見も残る中、中田は誰にも媚びなかった。

「そうした中、ヒデは試合で結果を出し、ローマではスクデット(リーグ優勝)にも貢献。さらにパルマ、ボローニャ、フィオレンティーナなど欧州の名門クラブを渡り歩き、『日本人でも世界で戦える』という道を切り開いた。周囲に迎合せず、自分の実力だけで認めさせる。その姿勢こそが、中田が貫いた男気だったのです」(専門誌記者)

29歳で引退――名声より「人生」を選んだ

2006 FIFAワールドカップ予選第3ラウンドの対イラン戦(メフル通信社)

2006年ドイツW杯。ブラジル戦の敗戦後、中田はピッチに大の字になって空を見つめ続けた。あの光景はいまでも日本サッカー史に残る名場面だ。そして、そのまま現役引退を発表する。

まだ29歳――欧州でも十分プレーできる年齢だった。多くのスター選手が現役にしがみつく中、中田はあっさりユニホームを脱ぐ。理由はシンプルだった。

「人生はサッカーだけじゃない」

名声も、年俸も、現役への執着も捨て、自分の価値観を優先したのである。

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