なぜ29歳で引退したのか――日本サッカーの常識を変えた中田英寿の「誰にも媚びない」人生哲学【スポーツ界"男気列伝"】

世界を旅し、日本を見つめ直した

引退後、中田は芸能界へも指導者の道へも進まなかった。バックパック一つで世界中を旅し、各国の文化や伝統産業を見て回る。その旅を経てたどり着いた答えが、「日本には世界に誇れる文化がある」ということだった。

「以降は全国の酒蔵や工芸職人、伝統産業の現場を自ら訪ね歩き、日本酒や地域文化の魅力を海外へ発信する活動を続けている。テレビ出演や派手な自己プロデュースではなく、自ら足を運び、人と会い、学び、伝える。これもまた、中田らしい生き方なのです」(同)

「孤高」は強さではなく覚悟だった

現役時代、中田は「孤高の天才」と呼ばれた。しかし、それは仲間を拒絶していたわけではない。自分に甘えないため、人にも流されなかっただけだ。

周囲に合わせることより、自分の信じた道を歩く。だから誤解もされた。批判も浴びた。それでも信念は曲げなかった。

男気とは、誰かに褒められることではない。自分の信じた道を、最後まで歩き切ることだ。

"男"は媚ぶない

昭和・平成の男気は頼りがいのある気性、あるいは豪快に酒を飲んだり散財したりするニュアンスも含んでいたが、中田英寿が示した男気は、「誰にも媚びない」という生き方だった。

世界最高峰リーグへ飛び込み、日本サッカーの歴史を変えた。そして29歳で現役を退き、新しい人生を歩み始めた。

他人が決めた成功ではなく、自分だけの価値観を選び続ける。だから今でも中田英寿は、唯一無二の存在なのである。(敬称略)

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