【東京大空襲】10万人が死んでも「被害は僅少」と発表 終戦記念日に問い直す政府がついた国民への嘘

政府は「焼夷弾など恐れるに足らず」と情報操作

さて、東京大空襲がこれだけの被害を出したのは、もう一つ大きな理由がある。なんと、1941年に日本政府は防空法を改正し、「空襲時の避難禁止と消火義務」を規定していたのだ。

政府はメディアを使って「空襲など恐るるに足らず」という印象を国民に植えつけた。新聞には連日のように「焼夷弾を手づかみで放り出した」「町内会で200発の焼夷弾をすべて消火」など、明らかに嘘と思しき記事が掲載されていた。

こうした情報操作の目的は、当時の陸軍省・軍務課長であった佐藤賢了の演説によると、「国民が戦争を継続する意志を失ってしまうことが恐ろしい」とのことである。要するに、国民が戦争に疑問を持ってしまうことを防ぐため、空襲のイメージを軽くし、逃げずに戦うことを強制したのだ。

10万人の死を前にしても欺き続けた政府の罪

東京大空襲に関する大本営発表は「被害は僅少」で、新聞やラジオもそれに倣った。空襲翌日のラジオ演説では、小磯國昭首相も「敢然として空襲に耐えることこそ勝利の近道」と述べている。10万人が命を落とし、甚大な被害を受けてもなお、国民を欺こうという政府の意志がおぞましい。

こうした姿勢は終戦まで変わることがなく、広島と長崎に原爆が投下されても避難禁止と消化義務は継続された。

東京大空襲、そして広島、長崎の原爆による被害は、国民を欺き続けた政府による「人災」だった側面があるのだ。

小社刊行『戦時下日本のリアル』より

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