吉田正男と桑田真澄が「14勝」で並ぶ 夏の甲子園・個人最多勝記録の裏側【夏の甲子園不滅の記録④】

1年生で池田を完封——桑田真澄の5季連続制覇

一方、その半世紀後、夏の甲子園に同じ「14勝」の足跡を刻んだのが桑田真澄だ。1983年夏、1年生で背番号「11」ながら事実上のエースとして出場した桑田は、史上初の夏春夏3連覇を目指す「やまびこ打線」の池田高校を準決勝で7対0と完封。決勝では横浜商を3対0で下し、学制改革以降最年少(15歳)の優勝投手となった。

大阪という高校野球激戦区から、出場可能な5回すべてに甲子園へ乗り込んだ桑田は、4度決勝に進出し2度優勝。春夏通算20勝3敗という学制改革後最多記録を打ち立てた。

2年生で迎えた1984年夏の決勝、相手は取手二高(茨城)だった。この大会でも桑田はほぼひとりで投げ、防御率1.07と完璧な内容だった。前日の準決勝では1点を追う8回に逆転2ランを放つなど投打に君臨していた。

しかし延長10回、取手二が4点を加えて8対4で逆転初優勝。無敵に見えた桑田も人間だった——その敗北さえもが、のちにプロで173勝を挙げる投手の糧となった。

時代を超えて並立するこの14勝という数字は、単なる記録の羅列ではない。顔を縫いながら延長25回を投げ抜いた昭和の鉄腕と、15歳で全国を制した平成の天才が、それぞれの甲子園で燃やした炎の総量だともいえるのだ。

【夏の甲子園不滅の記録⑤】に続く

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