大谷翔平の父が育てた男・佐々木麟太郎 知られざる"岩手ルート"の絆と正体

佐々木麟太郎インスタグラムより

「遅くまで悩みましたが、昨日決めました」――。7月19日、岩手・花巻市内での会見で佐々木麟太郎(21)はそう語り、マイアミ・マーリンズへの入団を表明した。翌20日(日本時間21日)には正式契約も締結。自身のインスタグラムで「私の新たな挑戦が始まります。夢の舞台へ必ず辿り着けるように力を尽くすだけです」と記した。

ソフトバンクのドラフト1位指名を断り、スタンフォード大からMLBへ。その決断が持つ意味を掘っていくと、岩手から始まるある「縁」が浮かび上がってくる。大谷翔平の父・大谷徹さんという存在だ。

「大谷家」に育てられた麟太郎

佐々木麟太郎が中学時代に所属した『金ヶ崎リトルシニア』の監督は、大谷翔平の父・大谷徹さんだ。麟太郎はそのチームで4番を任され、中学2年で東日本選抜大会優勝、北東北大会優勝という実績を残した。

当時から規格外の飛距離とパワーで「次世代の怪物」として注目されていた少年を、その指導力で知られる徹さんが直接育てていた。小中学校を通じて生徒会長を務めていたとされる麟太郎は、野球だけでなく人間的な成長においても薫陶を受けた一人だったとみられる。

徹さん自身も、テレビ番組の取材に対し「翔平のことも見てもらって、人間的にも立派にしてもらえましたし」と花巻東・佐々木洋監督を信頼していたことを明かし、麟太郎の花巻東進学を後押しした秘話を語っていた。麟太郎にとって大谷徹さんは、野球人生の起点に立つ「最初の師」でもあるのだ。

「岩手ルート」の“二重の縁”

面白いのはその構造だ。大谷翔平は「金ヶ崎リトルシニア(大谷徹監督)→花巻東高(佐々木洋監督)→MLBへ」という道を歩んだ。佐々木麟太郎は「金ヶ崎リトルシニア(大谷徹監督)→花巻東高(父・佐々木洋監督)→スタンフォード大→MLBへ」という軌跡を描く。

出発点は同じ、目指す舞台も同じ。ただ間に名門大学という「回り道」がある。二人の父親もまた交差する。大谷徹さんが麟太郎を育て、佐々木洋監督が翔平を育てた。

さらに花巻東高では大谷翔平の姉の夫・流石裕之さんが野球部スタッフを務めているとされており、両家の縁は今も続いているとみられる。「岩手の野球界」という小さな世界の中で、二人のスラッガーの物語は深く絡み合っていた。

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