中森明菜が語った小泉今日子との絆 『少女A』が嫌いだった新人時代と花の82年組の知られざる真実

中森明菜(C)週刊実話Web

歌手・中森明菜が、7月12日放送のテレビ朝日『EIGHT-JAM』(毎週日曜23時15分)にインタビュー出演。“花の82年組”同期・小泉今日子とデビュー当時の知られざるエピソードが語られた。

今日子ちゃんみたいな可愛いフリフリの衣装を着ると思った

1982年、16歳でデビューした明菜。この年は、明菜はじめ、小泉今日子、堀ちえみ、松本伊代、早見優、石川秀美、三田寛子、薬師丸ひろ子、原田知世などがデビューし、「花の82年組」といわれるアイドル豊作の年だ。

当時のアイドルと言えば、女の子らしい衣装やふわふわとした髪型が主流だったので「(小泉)今日子ちゃんたちも、みんなも可愛いフリフリの衣装で、すごいかわいくて。『私もやっとできるんだ』って思ったんですけど、全然で」と振り返る。デビュー曲「スローモーション」ではセーラー服のストンとした寸胴のワンピースだったという。

「次は絶対にきっと今日子ちゃんたみたいな可愛い衣装が来る」と思っていたら「(セカンドシングルの)『少女A』ってツッパリソングで(笑)。なんで私がこんな曲⁉」と思った明菜は、「少女A」が実は嫌いだったと明かす。

5枚目のシングル「トワイライト-夕暮れ便り-」あたりから、楽曲ごとに衣装をセルフプロデュースしていたといい、「DESIRE-情熱-」での着物を着崩したドレスにおかっぱヘアも「全部私が決めました」「極端なことをしてみたい」と振り返るなど、早くから表現への強いこだわりを持っていた様子がうかがえる。

「明菜さ、いちいち言い過ぎ」と叱られた新人時代の思い出

その一方で、同じ「花の82年組」として同期デビューの小泉今日子との交流にも言及。「今日子ちゃんと一緒のメイク室で髪を結ってもらっていた」と当時を振り返りつつ、小泉が寡黙にヘアメイクを受けていたのに対し、自身は「もうちょっと、ここをこうで…」と細かなオーダーを重ねていたという。

そんな中、「『明菜さ、いちいち言い過ぎ』って言われて」と“叱られた”経験を明かし、「あ、そうなんだ。自分を通すのも範囲があるとすごく学んだ」と語った。

さらに、小泉との関係について問われると、「失敗しても、ドジを踏んだりしても『大丈夫』『OK』と目で合図してくれていました」と語り、当時から精神的な支えとなる存在だったことを明かしている。単なる同期という枠を超え、互いに刺激し合いながら成長してきた関係性が浮かび上がる場面となった。

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