【W杯の光と闇⑤】W杯史上最速「56秒退場」の衝撃 レッドカードは"大会の失敗"から生まれた

「ウェンブリーの戦争」——怒りの帰り道に閃いた

この試合で脚光を浴びたレッドカードそのものも、実はW杯が生んだ発明だ。1966年イングランド大会の準々決勝、イングランド対アルゼンチン戦は「ウェンブリーの戦争」と呼ばれるほどの荒れ試合になった。

イングランドは英語、アルゼンチンはスペイン語、主審はドイツ語という3言語が入り乱れ、退場を命じられたアルゼンチンのキャプテン、アントニオ・ラティンはその意図が伝わらずピッチを離れることを拒否した。FIFA審判委員会のケン・アストンがピッチに下りて直接なだめるという異例の事態が起きた。

信号が赤に変わった瞬間、歴史が動いた

荒れた試合を振り返りながら車で帰路についたアストンは、都心部にさしかかったとき、信号が緑から黄色に変わり、やがて赤になった。その瞬間ひらめいた。

「警告は黄色、退場は赤のカードで示せば、言葉の壁などなくなる――」

考案されたイエロー・レッドカード制度は1970年メキシコ大会から正式採用され、ちょうどテレビが白黒からカラー放送に切り替わる時代背景とも重なり、2枚のカードは瞬く間に世界中へ広がった。レッドカード制度はその後も数々の歴史的判定を生み、2026年大会でもカードは勝敗を左右している。半世紀以上前に生まれた赤と黄色のカードは、いまなおW杯の歴史を動かし続けているのである。

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