72歳で現役続行! 藤波辰爾が明かす“引退しない理由”と猪木イズム

藤波辰爾(C)週刊実話Web

“燃える闘魂”に翻弄され、それでも慕い続けた師

――新日本で藤波選手が社長だった時期は、総合格闘技ブームや選手の離脱もあり、厳しい時代でしたよね。
藤波 やっぱりレスラーはアクの強い人間の集まりだし、自分で独立して旗を上げたいっていう選手が出てきましたよね。それを束ねるのは難しかったですよ。オーナーであるアントニオ猪木さんが格闘技のほうに肩入れして、新日本に厳しい意見を言っていたので、レスラーの中に穏やかじゃない気持ちだった人間もいたでしょうし。

――たしかに猪木さんは当時、新日本に公然とダメ出しをされていました。
藤波 別に猪木さんは新日本を潰そうとしたわけじゃなく、刺激を与えて話題を作るために、あえてやってたんでしょうけど、選手や社員はなかなか理解できなかったと思います。

――藤波さんは立場的に板挟みというか。
藤波 そう、まさに板挟みですよ(苦笑)。でも長州をはじめ、新日本から離れた人間も、最後は猪木さんの元に戻ってくるのが、あの人のすごさというかね。まあ、猪木さんの考えを最初から理解するのは難しいですよ(笑)。

――猪木さんが亡くなられて、3年が経ちました。
藤波 もう、そんなになるんですね。僕の中であの人が消えることはないですよ。いまでも自分が少しダラけてるなと思ったら、猪木さんの顔が浮かんで思わず背筋が伸びますから(笑)。

――猪木さんの行動で特に驚かれたのは?
藤波 いまパッと思い浮かんだのは、テレビ番組の企画で一緒にアフリカにロケへ行ったときに、猪木さんが黙って先に帰っちゃって、置き去りにされたことかな(苦笑)。もし僕が帰れなかったら、猪木さんもどうしてたんでしょうね? 「知ったこっちゃねえよ」って言いそうだけど(笑)。

――猪木さんは藤波さんが身近な存在だからこそ、特に厳しかったというか。
藤波 こっちも人間だし、そりゃ感情的になることもありましたよ。でも、僕はあの人に憧れてプロレスラーになったし、本当に矢を放つことはなかったですね。

――長いキャリアの中で数々のライバルがいましたが、藤波選手といえばテクニックで大柄な外国人レスラーを攻略する姿が印象的です。
藤波 一昔前はハルク・ホーガン、アンドレ・ザ・ジャイアント、ブルーザー・ブロディ、ベイダーとか怪物みたいなレスラーがいっぱいいましたね。身体のダメージは大きいんだけど、やりがいは感じましたよ。