江本孟紀の結婚スクープを報知に抜かれた夜…野村解任や「3悪人」の裏で動いた盟友の絆【記者失格第2回】

身辺整理を待つ義理が報知へのスッパ抜きに

ところがなぜか、いや、だからと言うべきか、私は江本の結婚スクープを抜くことはできなかった。当時、江本が出会った女性が現夫人の直子さんだ。南海の二軍本拠地だった中百舌鳥球場(大阪府堺市)の近くに住んでいた某プロゴルファーの自宅で知り合うと、江本は一目惚れ、直子さんにゾッコンになった。

「吉見さん、俺はあの人と絶対に結婚したい!」

新婚生活で構えた私のラブラブ新居を訪れ、便せんに直子さんの名前をビッシリ書きながらそんな告白をしたこともある。

ただ、直子さんの父親は歯科医でお堅い性格らしく、「野球選手なんてトンデモない」と結婚には反対していた。そこまで知りながらスクープできなかったのは、江本の事情を慮ったからだ。

「エモ、早く身辺整理をしろよ。それまで書かないでおくから」

そんなことを言っているうちにスポーツ報知にスッパ抜かれてしまった。記事にすれば他の交際女性たちとトラブルになりかねない。そうなれば、直子さんとの結婚が破談になると心配したのだ。そうこうするうちに記事にするタイミングを逃してしまったわけだ。

そういえば以前、松坂大輔が女子アナとのデート中、駐車違反をして交際が発覚した騒動があったが、江本も直子さんとのデート中、駐車違反で同じ状況となり、私が警察署まで出向いてなんとかマスコミに漏れないように動いたこともある。

ここまでくると最早、何のために選手と付き合っているのかと怒られそうだが、確かにその通り。先輩としてはともかく、記者としては失格だ。

沢田亜矢子との密会と名著誕生のその後

念願叶って直子さんと結婚した江本だったが、プレイボーイぶりは変わらなかった。ある時期、女優の沢田亜矢子(77)と交際していたことがある。東京・池袋西口の寿司屋で頻繁に密会していたことまで知っていたのだが、これも迷っている間に情報を嗅ぎつけた週刊誌にスッパ抜かれてしまった。

私はそれでよかったと思っている。スクープは逃したが、より深く信頼関係を築くことができたからだ。事実、江本とのパイプはその後も長く続き、私にとっては盟友・星野仙一と並んで球界の情報、あるいはヒントを教えてくれる貴重な存在となってくれた。

1981年、江本は有名な「ベンチがアホやから野球がでけへん」の失言で現役を引退。その翌年、出版した『プロ野球を10倍楽しく見る方法』は200万部を超える大ベストセラーとなり、シリーズ化した。

また、'92年にはアントニオ猪木に誘われ参院選にスポーツ平和党から出馬し初当選。国政で奮闘した時期もあったが、野球界にはずっと貢献し続けている。'17年にはスキルス胃がんで胃を全摘出する大病を患ったが、今でもグラウンドに足を運んで評論家の仕事を頑張っており、私に会うと「死んでたまるか」と笑いながら昔と変わらず話してくれる。

そんな男だから、この昔話も笑って許してくれるはずだ。

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吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。