「15年で3300軒」全国の寂れたパチンコ店を巡る女性ライターの偏愛人生【死ぬ前にやっておくべきこと】

『偏愛パチンコ紀行』(釘曲げ出版)

「誰が止めても変わらない」少女時代の原風景

では、彼女はなぜこの分野に興味を示すようになったのか。パチンコとの縁は1980年代、福島の山あいの町から始まっていた。

「祖父がパチンコ好きでした。元は炭鉱夫だったんです、いわきの。私が幼い頃には閉山しましたけど」

地の底から石炭を掘り、地上に上がっては玉を掘る。夏休み、祖父の家に預けられた栄華は祖父のカブに乗せられ、ホールへ連れて行かれた。11歳の夏だった。

「平の駅の近く。奥へ奥へと細長い、寝床みたいなホールでした。よくは覚えてないんですけど、おじいちゃんが、耳の穴にパチンコ玉を入れてるんですよ。耳栓代わりに。それが子供心に、かっこよくて」

少女はその背中に、何かを見てしまった。

その憧れは自分の中に流れる血なのか。彼女はそのことに薄々と気づいてはいた。それより2年前。パチンコではなく、栄華はルーレットのメダルゲームにのめり込んでいたのだ。10円玉が銀玉の如く乱れ飛ぶほどに。

「最初は塾の行き帰りに遊びで寄ってたんですけど、そのうち頭がメダルでいっぱいになっちゃって。土日も『誰々ちゃんちに行く』って嘘ついて、メダルゲームに通って。やめられない。一度、大きな数字に当たったんです。ジャラジャラといつ止まるのかと思うほど、メダルが延々と出続けた。あの音。あの感触。脳のどこかが、灼けた気がします。あれをもう一度見たくなっちゃったんですかね」

やがて軍資金が底を尽き、少女は親の財布に手を伸ばすまでに成長した。

「ある日、『あいつ何やってんだ』と親に後をつけられたんです。それでバレました。こいつに金を持たせたらロクなことにならないって。それから中学3年まで、お小遣いは500円でした」

母は、博打を憎んでいた。福島の両親が、金のことで言い争うのを子供の頃から見て育ったからだ。母方の血筋でただ一人、母だけがパチンコを打たない。

「母は、いまだに私の仕事に反対してるんです。やめなさいって。母方の親戚はみんなギャンブルをやるのに、母一人だけが、やらないんですよ。でも、三つ子の魂って言うじゃないですか。誰がどう止めようとしたって、変わらないんですよ、これが」

血を濃く継いだ娘を、血を最も憎んだ母が、なお止めようとする血の物語。

しかし、少女が見た耳の奥の銀玉はやがて別の輝きを放ち始めるのであった。
 (中編へ続く)

「週刊実話」6月25日号より