佐藤道郎の結婚スクープを逃した記者失格の夜…落合トレードや野茂メジャーを動かしたフラットな人徳

 

稲尾和久と星野仙一が惚れた佐藤道郎の人徳

私が佐藤を久方ぶりに取材する機会があったのは、約5年前。

彼が都内で経営しているスナックだった。

引退後も多くの野球人から慕われたその人間性に改めて感動したものだ。

ちなみに、佐藤が再婚した女性の連れ子には、元福岡ソフトバンクの和田毅と結婚した元アイドルの仲根かすみがいる。

「吉見さん、僕は現役を引退してからも本当に人に恵まれていましたよ」

そう語る佐藤は引退して野球解説者を務めた後、稲尾和久に請われロッテの投手コーチを務めている。

「稲尾さんは本当に男が惚れる男で、神様のような人でした。この世界は平気で人を裏切りますが、稲尾さんは人を騙すことを知りません。いつも飲みに誘ってもらい話を聞いてくれました。稲尾さんに出会えて本当に人生が変わりました」

取材当時、佐藤の店には稲尾とのツーショット写真が飾られており、「開店前には手を合わせて話しかけている」と打ち明けていた。

稲尾の監督辞任と共にロッテを離れるが、その後、星野仙一に請われて中日の投手コーチに就任する。

落合の世紀のトレードと野茂の米挑戦の裏側


実は星野とはロッテのコーチ時代から親交があり、あの落合博満の世紀のトレードにも関わっていたそうだ。

「ロッテ時代、稲尾監督に『4番・落合』を最初に進言したこともあって、落合とはスムーズに話ができる立場でした。その落合は私以上に稲尾監督を信頼しており、監督退任が決まった時点でロッテを辞める決心をしていて、それを星野監督に伝えた。いわば私が取り持つ形であの世紀のトレードが成立したんです」

また、近鉄の投手コーチだった時期には、あの野茂英雄のメジャー挑戦騒動にも直面している。

「当時、野茂のメジャー行きは球界から批判されていましたが、私はどうしても行かせてやりたかった。だから球団に『天下の近鉄なんだから、万歳して行かせてやりましょうよ』と進言して背中を押したんです。メジャー行きが決まった野茂から贈られたブレザーは今も大切に着ています」

先入観や偏見、立場にとらわれず、常にフラットな目線で人とかかわってきた佐藤だからこそ、稲尾や星野、落合、野茂といった面々からも信頼されたのだろう。

彼の結婚スクープは逃したが、佐藤という男を通じて、一取材記者として深い教訓を学ばせてもらった気がしてならない。

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吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。