広瀬すず&広瀬アリス姉妹は家業倒産、安室奈美恵は3畳の団地から這い上がった…美人芸能人たちの壮絶貧乏時代【後編】

⑦小西真奈美――冬も水で洗い物、今もハンドクリームを見ると泣きたくなる

鹿児島出身の女優・小西真奈美(47)は、小学生の頃に両親の離婚を経験。母子家庭となった一家は、家賃1万円ほどの市営住宅に移り住んだ。

母親は昼は事務員、夜は菓子屋の店員として家計を必死に支えた。冬場でもお湯が使えずに水で洗い物をするほどの貧乏生活。ひび割れた手を守るためにハンドクリームを使っていたため、今でもハンドクリームを見ると、あの頃の記憶がよみがえってくるという。

子供の頃の夢は「家に友達を呼んで誕生会をすること」。シンプルな夢さえ叶えられなかった少女が、やがて日本を代表する女優へと成長していく姿は、家族や知人らの胸を揺さぶった。

⑧森口博子――ピンク・レディー、山本リンダは歌えなくても「アニソンの女王」に

TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」にゲスト出演し、幼少期の暮らしぶりについて語った歌手の森口博子(57)。

両親が小学校2年のときに離婚して母親が、女手一つで4人姉妹を育てることになった。森口は末っ子で当時、給食費も払えず、みどり荘というお風呂も無くボロボロのアパートに住んでいた。

友だちに(ボロボロなので)みどり荘に住んでいると言えず、グリーンハイツと言っていた。

家は「歩くと床が腐ってタンスが傾く危険な部屋」だったため、歌が好きな森口が家で歌うときは、母親が「ピンク・レディー、山本リンダはいかん!床が抜けるけん。でも振りがないアグネス・チャンはOK」と、振り付けが激しくない歌手を選ぶように注意されたという。

⑨広瀬すず&広瀬アリス姉妹――父の脳卒中で工場閉鎖、借金&土地を手放した

現在、映画・ドラマで引っ張りだこの広瀬すず(27)と広瀬アリス(31)の姉妹が歩んだ道のりは、決して平坦ではなかった。

静岡で看板屋を経営していた父親が、すずが12歳の頃に脳卒中で倒れ工場が閉鎖。借金を抱えた一家は経済的に追い詰められ、祖父から引き継いだ家や土地も手放すことを余儀なくされたと週刊誌が報じた。

アリスがモデルの仕事を始めていたとはいえ、家族全員が将来の見えない時期を必死に生き抜いた。

すずが中学3年の頃には一家は転居。その苦境を乗り越え、今や姉妹そろって日本のエンタメ界を代表する存在となった二人の輝きは、あの頃の試練の上に成り立っている。