「巨人軍は永久に不滅です」は言い間違いだった…伝説と化したミスター長嶋の名勝負・名場面【後編】

【名場面4】1994年10月8日 10・8決戦「国民的行事」中日との同率首位決戦

監督・長嶋茂雄が演じた最大の名場面は、やはりこの一戦だろう。1994年10月8日、ナゴヤ球場。巨人と中日が129試合を消化してともに69勝60敗――プロ野球史上初めて、同率首位で130試合目の直接対決が優勝決定戦となった。

長嶋監督はこの一戦を試合前日から「国民的行事ですからねぇ」と言い続け、後に流行語にまで昇華させた。

前日のホテルで先発の槙原寛己を監督室に呼び、「後ろには斎藤と桑田もいる。思い切っていってくれ」と静かに言い聞かせた。そのシンプルかつ大胆な一言が槙原の腹を決めさせた。

試合ではミーティングで「俺たちは勝つ、勝つ、勝つ!」と選手を鼓舞した長嶋の言葉通り、巨人が6対3で勝利。槙原から斎藤、桑田へと繋ぐ「三本柱リレー」でリーグ優勝を手にした。

さらに日本シリーズでは、前評判圧倒的不利のパ・リーグ5連覇の西武ライオンズを4勝2敗で制し、監督として初の日本一を達成した。

10・8決戦を経験した槙原は後にこう語っている。「あの試合を経験すれば、怖いものは何もなくなります」と。

【名場面5】1996年10月6日 11.5ゲーム差を覆した「メークドラマ完成」

「メークドラマ」――この言葉ほど、長嶋茂雄の本質を表す造語はない。実はこの言葉は1995年シーズンに長嶋監督が初めて使い始めた。

苦戦するチームを奮い立たせるべく「奇跡を起こそう、メークドラマだ」と言い続けたが、この年は3位に終わり、野村克也監督に「負けドラマ」と揶揄されている。

「2年越しのメークドラマ」が完成したのが翌1996年だ。7月6日の時点で首位・広島に最大11.5ゲーム差をつけられ、誰もが優勝を諦めかけていた。しかし長嶋監督は言い放った。

「松井が40本打てばミラクルが起こります。2年越しのメークドラマが実現します」

その言葉通り、7月9日の札幌円山球場での直接対決で9者連続安打という怒涛の反撃が火蓋を切る。

以後、快進撃を続けた巨人は8月20日に首位に立ち、10月6日のナゴヤ球場での中日戦に5対2で勝利して逆転優勝を果たした。セ・リーグ史上最大のゲーム差からの逆転制覇だった。

「メークドラマ」は同年の新語・流行語大賞の年間大賞に選ばれた。なお、日本シリーズはオリックスに1勝4敗で敗れ日本一にはならなかったが、「メークドラマ」という言葉はその後のプロ野球語録に「メークミラクル」「メークレジェンド」など幾多の派生語を生んだ。

長嶋監督はこう言い続けた――「選手に助けられての優勝です」。