怒りとユーモアが同居する異色作 映画『シンプル・アクシデント/偶然』の巧妙な復讐劇

©LesFilmsPelleas

【やくみつるのシネマ 小言主義 第297回】『シンプル・アクシデント/偶然』
かつて不当な理由で投獄されたワヒド(ワヒド・モバシェリ)は、自分を拷問したと思われる義足の看守を偶然見つける。その看守を拘束したワヒドは、荒野に掘った穴に埋めようとするが、その男は人違いだと主張する。実は投獄中、ワヒドは目隠しをされており看守の顔を見たことがなかった。確信が持てなくなったワヒドは、ひとまず復讐を中断し、看守に拷問された友人を訪ねることにするが…。

他国からは分からないイラン市民の切実な日常

世界中の耳目が中東イランに集まる中で、ある意味、タイムリーな映画でした。

今、どちらかというとイラン側に同情的な雰囲気がありますが、イラン国内では現体制に不満を持っている人々も多いんですよね。

当局に不当な理由で捕まり、拷問を受けたトラウマを抱えながら、懸命に日常を生きる市井の人々にスポットライトを当てた本作。

ただ、いくら市民を弾圧する軍事体制だからといって、よその国が空爆までする理由には、どう考えたってなりません。「イランにはイラン人の理屈があり、日常がある」ということを知らしめる、よい機会となる映画だと思いますね。

パナヒ監督自身が、政府当局からの度重なる弾圧によって長く映画製作を禁じられ、自宅軟禁や2度にわたる投獄経験があるそうです。それでもイランから離れずに映画を撮り続ける不屈の作家として、世界中から尊敬を集めています。

監督が投獄生活の中で出会った囚人たちとの交流がインスピレーションの源となった本作は、2025年のカンヌ国際映画祭で、数々の注目作を退けて、最高賞のパルムドールを受賞。2026年のアカデミー賞にもフランス代表としてノミネートされました。敵国のアメリカでさえ無視できない珠玉作ということで、大いに期待して見ました。

【関連】18歳の少女が“伝説の一夜”を動かした――奇跡のジャズ公演誕生の舞台裏を描いた映画『1975年のケルン・コンサート』【やくみつるのシネマ 小言主義 第296回】