首相官邸HPより
首相官邸HPより

叩き上げ首相はなぜ短命に終わったのか? 二階俊博の“策”で誕生した菅義偉の誤算【歴代総理とっておきの話】

支持率失速を招いたコロナ対応と政権運営の限界

よもやの「天下」が転がり込んできた菅だが、その後の人事では安倍、麻生という実力者の意向に、半ば背を向ける“手法”に出た。

とりわけ5年の長期にわたり自民党を牛耳ってきた二階については、2人が幹事長交代を働きかけたものの、菅は強気で留任させている。結局、菅政権はわずか1年余で終焉を迎えることになるが、振り返ればこの人事が大きな要因になったといえるのである。

例えば、退陣後も自民党内に強い影響力を残した安倍に近い筋からは、「菅の総裁としての任期は、安倍の総裁としての任期が切れる来年9月までの“暫定”になるのではないか」という声が聞こえていた。

その菅内閣は「国民のために働く内閣」をキャッチフレーズにスタートしたが、あまりに当たり前すぎて拍子抜けの感もあった。政権が国民のために働くのは当然のことだが、自ら派閥も持たずの“叩き上げ”首相としては、何よりも国民の関心を集め、その支持に頼らざるを得ないという裏事情がのぞけた。自分の名前をひっくり返して「ガースー」とした発言も、精いっぱいの国民向け“自虐サービス”だったのである。

しかし、内閣発足時の支持率が60%を超えていたことで、菅は強気の政権運営を志向した。経済政策としては前任首相の「アベノミクス」にならった「スガノミクス」を掲げ、消費者に分かりやすい携帯料金の値下げ、不妊治療の保険適用など、国民生活に直結する政策を矢継ぎ早に打ち出した。一方、看板政策としての脱炭素化、デジタル庁やこども庁(現・こども家庭庁)の設置などを主導している。

しかし、折から「新型コロナウイルス」の感染拡大と、それに伴う対策が後手に回ったこと、河井克行元法相夫妻、秋元司衆院議員の「政治とカネ」の不祥事と、それに対する公判が進んでいたことなども影響し、早くも秋の臨時国会あたりで支持率は下降線を描き始めた。これには菅自身も、首相としての資質を問われた部分が大きかった。
(本文中敬称略/この項つづく)


「週刊実話」4月23日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。