『豊臣兄弟!』も仰天!? 裏切り、暗殺、虐殺…戦国武将の「卑劣度」ランキング!【豊臣兄弟!トリビア】

【第1位】宇喜多直家
娘の嫁ぎ先ごと抹殺! “暗殺のデパート”の戦慄エピソード

暗殺で右に出る者はいなかった

第1位に輝いたのは、備前の戦国大名・宇喜多直家(1529〜1581年)だ。
松永久秀、斎藤道三と並んで「戦国三大梟雄」に数えられるその所業は、弟の忠家が「兄の前に出るときは服の下に鎖帷子を付けたものだ」と語ったほどで、身内でさえ常に暗殺を警戒しなければならなかった。
ちなみに直家の卑劣さが際立つのは、「仲良くなってから殺す」という手口だ。舅の中山勝政、娘婿の浦上宗辰・後藤勝基、妹婿の谷川久隆など、犠牲者の多くが親類縁者だったのである。
特に得意としたのは毒殺で、「直家から茶会に呼ばれたらターゲットにされたと思え」と周囲に恐れられていた。
また、永禄9年(1566年)には備中の三村家親を、顔見知りの浪人・遠藤兄弟を使って鉄砲で狙撃するという、日本史上初の銃器による要人暗殺まで実行した。娘を嫁がせて信頼を勝ち取り、用が済めば一族ごと葬り去る――その冷血な計算こそが、直家を「戦国最恐の梟雄」たらしめた理由と言える。

今回ランクインした5人に共通するのは、目的のためには手段を選ばなかった点であるが、弱肉強食の戦国時代において「卑劣さ」と「したたかさ」は紙一重でもある。

宇喜多直家の謀略、秀吉の権力への執着、家康の辛抱強い野望――それらがあってこそ、天下統一という壮大なドラマが生まれたとも言える。現在放送中の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では描かれることのない「もう一つの戦国」に思いを馳せてみるのも、歴史の醍醐味ではないだろうか。

※本記事における史実・エピソードは、複数の歴史文献・史料をもとに構成しています。

【関連】【豊臣兄弟!トリビア】戦国きっての“イケメン”だった軍師・竹中半兵衛の美貌とインテリジェンス
【関連】【豊臣兄弟!トリビア】「終わりよければすべてよし」とはいかなかった…“異様な最期”を遂げた戦国武将たち