“イラ菅”と呼ばれた激情の宰相…東日本大震災と原発事故対応で揺らいだ菅直人政権の限界

民主党内の内紛激化…不信任案提出で菅政権は退陣へ

ところが、菅は最高責任者でありながら、前線指揮官のごとく首相官邸を離れがちで、与野党から批判が巻き起こった。それは『首相の現地訪問で、現場の事故対応が遅れた。危機管理への認識が低すぎる』といった声に集約され、同時に菅は復興への道筋も一向に示すことができなかった。

菅としては、専門家や東電側への不信感があったとされているが、結局は発災後の現場介入において賛否が分かれ、一気に政権の衰退を招く結果となった」

民主党内では、こうした危機管理をめぐって菅への批判が高まるなか、それまで主導権を握られていた小沢一郎グループが巻き返しを図り、菅政権は法案の審議も停滞を余儀なくされた。

また、鳩山由紀夫グループも、首相在任中に対立姿勢を示した菅への“遺恨”か、小沢グループに同調した格好で政権批判を繰り返していた。

一方、野党の自民党、公明党などは、この与党内の混乱を見逃さず、菅内閣への不信任決議案を提出。結局、不信任案は否決されたが、こうした経緯にさしもの菅も万事休すと悟ったか、大震災から約5カ月後の8月26日、正式に退陣を表明したのである。

退陣後の菅は、悲願としながらも一時休止していた四国での「お遍路」を再開、長く議員バッジを着け続けた。政界からの正式な引退は令和5(2023)年11月だったが、その記者会見の席上、大震災に伴う自身の原発事故対応への批判について、こう胸を張った。

「当時はいろんな見方があったが、最終的に私が率先してやったことで、被害があれ以上に拡大せずに済んだと思っていますよ」

どうやら「お遍路」を再開しても、まだ“解脱”には至っていないようだ。