【エンタメ】エバースが語るM-1決勝の裏側! 「ハズレくじ」から始まったコンビ結成10年の軌跡

屁理屈とイジりから生まれた「最強の漫才スタイル」

エバース・佐々木隆史

──とはいえ、現在までコンビ活動を続けています。やっていくうちに手応えを感じたわけですね。

佐々木 いや、NSC中はまったく手応えなかったですね。ネタとか以前に「芸人としてそれはないだろ」みたいな点が多かったので、少しずつ町田のことを矯正して…。雑にイジると、すぐ「お前もだろ!」とか返してくるんで、まずはそのプライドをへし折るみたいな(笑)。最初の数年は、そういうお互いの関係性を固める作業でしたね。

──野球部のキャプテンを務めただけあり、人を扱うのは得意ですね。NSC卒業後、本格的に活動を始め、現在はコンビ結成10年目。下積み時代は大変でした?

町田 大変というか、そもそも何をすればいいのか分からなかった。劇場に入れてもらってもピラミッドの一番下のポジションで、ライブに月2〜3回出るだけ。ネタも1〜2分だったんで、手応えもなかったです。
佐々木 最初の3~4年はそんな毎日で、本当にウンともスンともいかなかった。チケットのノルマがあって、こっちがお金を払って出るみたいなライブばかりで、バイトしないと生きていけないし。

──諦めなかった理由は?

町田 お客さんにはそこまでウケてなかったですけど、作家さんとか芸人仲間で面白いと言ってくれる人がいたので、それでなんとか。
佐々木 面白いことはできてるのかな、と。それがお客さんに伝わっていないだけだから、その作業さえできればウケるのかなと思ったんです。それから少しずつコンビの関係性をネタの中で出すようにして、嫌がっている町田を屁理屈で丸め込んでいくみたいなネタをするようになったら、お客さん的に見やすくなったのか、ウケるようになりましたね。
町田 7年目ぐらいから劇場の上位クラスに行けて、賞レースでも結果が少しずつ出てきました。それにM―1優勝という大きな目標があったので、ひたすらそれを目指してました。

──エバースの実力を世に知らしめたのが2023年のM―1で、決勝戦最後の枠を争った敗者復活戦。多くのお笑いファンがエバースの面白さに気付き、翌年は初の決勝進出を果たし、人気が一気に高まりました。

佐々木 そのくらいの時期から、いろんな場面で声かけてもらうことが増えました。経済的にも、同世代のちゃんと働いてる人くらいの生活はできるようになった感じです。