全日本プロレスのエースとして活躍し、あまりの強さに〝怪物レスラー〟と呼ばれたジャンボ鶴田は、B型肝炎を発症して引退後、大学教員として新たなチャレンジを始めた矢先に病状が悪化。49歳の若さで急逝してしまった。
山梨県のぶどう園が広がる中にある寺院の一角、ひときわ目立つ大きな円形の墓石には「ジャンボ鶴田」の名前とともに、「人生はチャレンジだ!!」と、その座右の銘が刻まれている。
墓石の高さは鶴田の身長196センチに合わせられ、円形は「世界」を表現している。最寄りの駅から徒歩では2時間近くかかるような場所にありながら、今でも鶴田の墓を訪れるプロレスファンは少なくないという。
1999年3月6日、日本武道館での引退セレモニー。初期の入場テーマ『チャイニーズ・カンフー』が流れる中、スーツ姿でリングに上がった鶴田はその最後のスピーチで、引退後はアメリカのオレゴン州ポートランド州立大学へ、スポーツ生理学の教授待遇として赴任することに触れた。
そして、ジャイアント馬場が亡くなった直後ということで延期も考えたとしながら、「馬場選手がいつも僕にそう言ってくれたみたいに、人生はチャレンジだ、チャンスはつかめと、その言葉を信じて今日の決断になりました」と語っている。なお、スピーチ中のBGMは『マイ・ウェイ』であった。
スピーチ後には引退まで使用したテーマ曲『J』が流れ、鶴田はスーツの袖をまくってコーナーに立ち、満場の観客の「オー」コールに合わせて右手を突き上げた。
“プロレスラー”を名乗ることが嫌そうだった…
72年の入団記者会見で「全日本プロレスに就職します」と語った鶴田。師匠の馬場を追うようにして、いわゆる「王道」を歩み続けてきたプロレス人生に、チャレンジという言葉は似つかわしくないと感じる人もいるかもしれない。
しかし、鶴田にとっては「プロレスラーであること」自体がチャレンジであり、それは引退後に大学で教鞭を取ることとも同列だったに違いない。言い換えれば、普段は本名の鶴田友美に戻り、その個人がレスラーや大学教授にチャレンジしている感覚である。
引退スピーチにおいても、先だって場内アナウンスでレスラーとしての実績が紹介されていたとはいえ、話の内容のほとんどが「今後のこと」であり、自身のプロレス人生については「入団してから27年間、いろんなことがありました」としか言及していない。
鶴田にとっては、さまざまなライバルたちとの激闘やAWA王座、三冠王座の獲得も、すべてひとまとめで「鶴田友美がプロレスにチャレンジしてきた経験」だったのではないか。
その証拠に「プロレスで獲得したトロフィーなどは無造作に押入れへ入れたままで、欲しがる人がいればあげていた」「リングの外では〝プロレスラー〟を名乗ることが嫌そうだった」とも伝えられる。
そして、引退の頃にはオーナーの馬場元子さんと折り合いが悪くなっていたともいわれ、そのせいか長年エースを張ってきた全日の経営などには一切の未練もないようだった。
プロレスラーのタイプは2通り
このようなプロレスへの対し方は、師匠の馬場も同様だったと思われる。身体的特徴に強いコンプレックスを抱く馬場正平が、その身体を活かして稼ぐ手段として、リング上ではジャイアント馬場を演じる。つまり、職業としてのプロレスラー像である。
その一方で、私生活もリング上も変わらない根っからのプロレスラーというべき存在が、アントニオ猪木であり、その影響を受けた弟子たちだ。
もともとがレスラー気質だから、そこからさらにチャレンジするとなるとモハメド・アリ戦や北朝鮮での興行など、王道的プロレスラー像から離れた「余計なこと」をしてしまう。
タイガーマスクとして絶対的な人気を誇っていながら、リアルファイトの格闘技を志した佐山聡、UWFで新たなプロレスの姿を探求した前田日明なども、そんな猪木と同じ系譜にあるといえよう。
これは鶴田と猪木、どちらの「プロレス観」が正しいかという話ではなく、プロレスラーには大別してその2通りがあるということである。
安定的にハイレベルな試合を仕事として提供してくれた鶴田と、何が起きるか分からないが凡戦もあるスリリングな猪木、どちらを支持するかはファンそれぞれの好みの問題だ。
ブラジル農園育ちの猪木や若手として純粋に入門した選手たちにとっては、プロレスが特別なものであった。しかし、五輪出場などアマ経験を積んだ鶴田や元プロ野球選手だった馬場からすると、他の世界を知っているだけにプロレスだけを特別視することがなかった。そういった部分の違いとも言えるだろう。
《文・脇本深八》
ジャンボ鶴田
PROFILE●1951年3月25日生まれ~2000年5月13日没。山梨県牧丘町(現・山梨市)出身。 身長196センチ、体重127キロ。得意技/バックドロップ、ジャンピング・ニー・バット。
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