「イラ菅」と呼ばれた激情の宰相…菅直人の気質が招いた政権迷走の始まり

参院選大敗で「ねじれ国会」

あえて、若き日のこうした例を引いたのは、菅という政治家の“素”を紹介するためである。すなわち、菅は市民運動からはい上がっただけに、国民の不満が奈辺にあるかなどの直感力が鋭い一方で、いささか大局観に欠け、独断専行に走るきらいがあったのである。

また、菅は権力志向もなかなかで、民主党政権になってから党内の実力者である小沢一郎と一度は手を握ったものの、すぐに敵対することとなり、結局は鳩山由紀夫の退陣後のどさくさに紛れ、後継首相の座を手に入れてしまった。

さらに、前任の鳩山は東京大学工学部卒だったが、こちらの菅は東京工業大学(現・東京科学大学)理学部卒。ともに「理系脳」なのだが、物事の進め方で鳩山が「おぼっちゃん」的な甘さを露呈したのに比べ、菅は“情けより知”が先行するタイプであった。

時に、自分の意に沿わぬ相手にはすぐイラつき、これに情け容赦なく怒鳴りつけるという癖も加わって、ついには「イラ菅」の異名が付くことになる。

ために、民主党政権内での求心力は脆弱で、菅の政権運営はことごとく迷走の連続だったのである。

鳩山前政権への国民の批判が強かったこともあり、菅は当初、党内最大グループを率いていた小沢と距離を置く姿勢を打ち出した。こうして内閣支持率を回復させたが、党内の十分な論議を経ないまま消費税増税を掲げたうえで、首相就任早々の平成22(2010)年7月、参院選に臨んで結果は大敗。与党は過半数割れで「ねじれ国会」となり、これが“政権運営”を窮地に陥らせる契機となった。