鳩山由紀夫を政治家にした妻・幸さんの“操縦術”と政権崩壊の舞台裏

普天間移設発言と献金疑惑…鳩山由紀夫政権崩壊の決定打

その原因は、育ちのよさも手伝ってか、鳩山が自ら強いリーダーシップを前面に出さず、閣僚、党役員らの自主性を評価するというガバナンス(統治)で臨んだことが大きかった。

また、副総理兼国家戦略担当大臣とした菅直人は、陰口として「新内閣の弾薬庫」と揶揄されていたが、強引な党運営であちこちにハレーションを起こしていた幹事長の小沢一郎とも折り合いが悪く、この2人のギクシャクした関係も政権を揺さぶる要因となった。

こうした背景のなかで、沖縄・米普天間飛行場の県外移設発言、さらには自らへの政治献金疑惑の表面化などで、政権はわずか266日で幕を引くことになる。

鳩山は首相在任中、こう口にしていた。

「首相を退任した者は、政界に残ってはいけない。影響を残したい人は結構いるが、首相まで務めた人が、その後、影響力を行使することは政治の混乱を招くことになる。また、私は首相を退陣したあと、次の総選挙に出馬することはない」

鳩山はそれを実行、退陣後に政界引退を表明するが、すぐに撤回。しかし、平成24(2012)年11月には引退を正式表明し、政治の現場から完全に手を引いた。永田町と絶縁したのである。これもまた、鳩山にとっては「友愛精神」の実践であった。
(本文中敬称略/次号は菅直人)

「週刊実話」3月5・12日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。