【異常な幕引き】国分太一、日テレへの“平伏謝罪”に漂う“強烈な違和感” 「何への謝罪か」と批判集中

国分太一(C)週刊実話Web

「結局、私たちは何を見せられているのか」――。そんな困惑の声が、ネット上のいたる所で渦巻いている。2月12日、元TOKIOの国分太一(51)が日本テレビの福田博之社長と面会し、「直接謝罪」を行った。報道によれば、国分は自筆の「お詫びの手紙」を手渡し、日テレ側はそれを「誠意あるもの」と受け止めたという。

だが、このニュースに接した一般層の反応は、冷ややかだ。というより、強烈な「不気味さ」を感じていると言ったほうが正しい。

かつてお茶の間の人気者だった功労者が、巨大テレビ局のトップに頭を下げる。一見、落着したかのように見えるこの光景の裏側には、一般常識では到底理解しがたい「芸能界の闇」が横たわっている。

「罪状不明」のまま謝罪させる異様さ

一般社会において、謝罪とは「何をしたか」を明確にすることから始まる。しかし、今回の騒動において、日テレ側は最後まで「複数のコンプライアンス違反」という曖昧な言葉に終始した。

国分自身、昨年11月の会見では「どの行為が違反なのか答え合わせがしたい」と、涙ながらに訴えていた。日弁連へ人権救済を申し立てるという、芸能人としては異例の強硬姿勢を見せたのも、「納得できる理由」が欲しかったからに他ならない。

そんな彼が、わずか数カ月で一転し、具体的な理由も伏せられたまま社長室で頭を下げる。この急転直下な幕引きに対し、40~60代の視聴者からは「無理やり言わされている感がすごい」「巨大権力に口を封じられたのではないか」といった、疑念の声が噴出しているのだ。

松岡昌宏の“怒り”さえも封殺する組織の力

この違和感をさらに強めているのが、メンバーである松岡昌宏の存在だ。

松岡は昨年12月、局側の説明不足に対し「国分だけに責任を押しつけるのはおかしい」と、番組存続すら危うくしかねない覚悟で異を唱えた。この“松岡の男気”こそが、一般人が抱く「日テレっておかしくないか?」という疑念を代弁していた。

しかし、結果として国分は謝罪し、松岡の正論も巨大組織の論理に飲み込まれる形で沈黙せざるを得なくなった。世間が感じているのは、「正論よりも、テレビ局という資本の力の方が強い」という絶望的なまでの現実だろう。

国分が放った「城島・松岡に恩返ししたい」という言葉も、美談というよりは「これ以上仲間に火の粉を飛ばさないための降伏宣言」として、空しく響く。

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