その数3000人以上! 高校球児を取材し続けるスポーツ記者“ユキネー”の原点

人生を変えた高校野球雑誌との出会い

雑誌『輝け! 甲子園の星』
“継続は力なり”を地で行くニューメディアへの挑戦。しかも、これまで当たり前のように野球が求められていた場所とは180度違う、誰も野球に興味のない場所でのゼロからの積み上げは年齢が行けば行くほど難しくなる壮年世代の、別世界への挑戦に手本を示してくれるようだ。

「私は、ずっとそういう環境で仕事をしてきましたからね。結婚してから26年が経つんですけど、夫が転勤族なのでこれまでに10回も引っ越しをしているんです。東京は4回で、あとは熊本、福岡、横浜、仙台、水戸…こうなると自分どうこうじゃなくなってきますよね(笑)。だから、その土地土地でやれることを探して一から始める。また引っ越ししたら、別の土地で積み上げ直す。その繰り返しですよ。でも幸いなことに、私には高校野球があった。プロ野球の本拠地は11都市しかないけど、高校野球は全国47都道府県にあるんです。それに水戸に行ったときは飛田穂洲という“学生野球の父”の出身地だったりで、調べてみたらハマっちゃったりね。行けば行ったで味わい深く、面白いテーマが見つかったり、つまりそれだけ野球はこの国に根付いているんだなぁという実感もあったんですね」

行動の発露は野球を届けたいという情熱。そして「頑張っている人を知ってほしい」という子供の頃からのささやかな願いだった。

“ユキネー”が「ユキネーになろう」と決めたのは中学生の頃にまで遡る。

出会いはその後、自身が務めることになる一冊の雑誌だった。日刊スポーツ出版社が発行する『輝け! 甲子園の星』。甲子園の試合や注目選手を紹介する高校球児のバイブル。創刊は1975年と日本で一番古い高校野球雑誌である。

’87年。立浪和義、野村弘樹らを擁するPL学園が春夏連覇を遂げたあの年の甲子園。球児たちのその後を記した雑誌に、中学3年生だったユキネーは一目見て心を奪われてしまう。そして、すぐに誓うのだった。

「なんだこれは!? ですよ。そして、すぐに『この雑誌で働きたい!』と思うようになりました。まさに、運命の出会いだったと思います」

(中編へ続く)

取材・文/村瀬秀信

「週刊実話」2月19日号より