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六代目山口組・川合康允顧問「葬儀」に司忍六代目が参列

川合顧問の葬儀に参列した司六代目と髙山若頭 6月16日 (C)週刊実話 無断転載禁止

「お疲れ様です!」

斎場の入り口に整列した執行部から声が上がると、喪服姿の六代目山口組・司忍組長が沈痛な面持ちで車両から降り立った。

髙山清司若頭も出迎えに姿を見せ、司六代目と共に斎場内へと姿を消した。

6月16日、六代目山口組最古参の直系組長である川合康允顧問(川合組組長)の葬儀が岐阜県大垣市内で営まれ、司六代目をはじめ全直参が参列したのだ。

川合顧問 (C)週刊実話 無断転載禁止

川合顧問は14日に83歳でこの世を去った。現在の六代目体制で唯一、田岡一雄三代目から盃を受けた直系組長で、竹中正久四代目、渡辺芳則五代目、司六代目と世代を経て、山口組直参としてのキャリアは実に40年以上にも及んだ。

進攻してきた山口組を相手に抗争

「昨年12月に行われた六代目山口組の納会には、体調不良を理由に出席が叶わんかった。けど、激動の時代を駆け抜けた重鎮やから、今年の2月には舎弟から顧問に就いて、組織を見守っていたんや」(ベテラン記者)

川合顧問は、もともと岐阜県大垣市を地盤とする組織の出身で、進攻してきた山口組を相手に、一歩も引かぬ戦いを展開したことでも知られる。

(C)週刊実話 無断転載禁止

紆余曲折を経て昭和54年に三代目山口組の直参となり、以降は岐阜県大垣市で地盤を死守してきたのである。

葬儀当日は岐阜、愛知、兵庫の県警や警視庁からも捜査員が駆け付け、警戒に当たった。

雨が降り続く中、夕方から葬儀が始まり、30分ほどで終了。

激動の三代目から山口組の歴史を見続け、分裂の渦中で逝った川合顧問。無念だったに違いない。

(C)週刊実話 無断転載禁止

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