華麗な血筋、圧倒的な人脈、開けっぴろげな性格…永田町取材歴50年超の政治評論家が麻生太郎が総理になれた理由を大分析!

首相官邸HPより
永田町取材歴50年超の政治評論家・小林吉弥氏が「歴代総理とっておきの話」を初公開。今回は麻生太郎(上)をお届けする。

皇室にまでつながる華麗な一族

麻生太郎政権は安倍晋三(第1次)、福田康夫と2代にわたる首相の“政権投げ出し”によって誕生した。

折から、国民もさすがに愛想が尽きたか、自民党の支持率は大きく下落し、メディアの多くは次の総選挙で自民党の敗北は必至、野党第1党の民主党に政権の座を明け渡す可能性が多分にありと指摘していた。

こうしたなかで、麻生が首相(自民党総裁)に選出されたわけは、大きく二つあった。一つは、政界屈指の人脈と財力に富んでいたことである。

麻生の母・和子は、戦後日本政界の立役者でもあった吉田茂の三女で、吉田は麻生にとって祖父にあたる。その吉田の妻は、大久保利通の次男・牧野伸顕の長女・雪子で、麻生の血筋は明治の元勲にもつながる。

和子は「九州の石炭王」にして麻生セメント社長、衆院議員にもなった麻生太賀吉と結婚、その長男が麻生太郎である。また、三女は三笠宮寛仁親王妃の信子殿下で、麻生は皇室とも婚姻関係にある。

さらに麻生の夫人は、元首相の鈴木善幸の娘である。鈴木の息子が現・自民党幹事長の鈴木俊一で、麻生の後釜として財務大臣を務めるなど、麻生率いる麻生派の重鎮として、にらみを利かせているのが現況だ。

また、麻生は一方で岸信介、佐藤栄作、安倍晋三とも親戚関係にあり、その圧倒的な家系図、人脈は日本の近現代史を想起させるに十分なのだ。

ちなみに、そうした裕福な環境で育った麻生には、大学入学をめぐってこんなエピソードがある。

あり余るカネを持つ父・太賀吉は、息子の麻生が就学の時期を迎えるや、地元の福岡県飯塚市に「麻生塾小学校」という少人数制の私立小学校を開設した(注・現在は廃校)。

麻生はその後、小学校3年のとき東京へ移り、学習院初等科に転入、さらに中等科、高等科と学習院で過ごしたが、太賀吉とこんなやり取りがあったという。

麻生が、大学は東京大学へ行きたいと太賀吉に申し出た。ところが、太賀吉はこう言ったのだった。

「バカヤロウ。官立(現在の国立)はカネのない者が行くところだ。おまえが行く必要はない。そのまま学習院へ行け」

結局、父の弁に従って、学習院大学政経学部に入学したのである。

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