「売れなかったから今がある」通販CMでブレイクした歌手・保科有里の逆転人生

保科有里(C)週刊実話Web
「社長ぉ~、安くして~」でお馴染みの『夢グループ』の通販CM。おねだり美女として有名になった保科有里は、ご存じの方も多いと思うが歌手である。自虐的に「売れなかったから今がある」と話す彼女に、通販MCになるまでのいきさつや、コンサートの裏話などを聞いた。

実家のクリーニング店が破産&両親離婚

――現在公演中の『夢コンサート』は年明け1月だけで16公演もあるハードスケジュール。夢グループ社長の石田(重廣)さんとも共演されてデュエット曲『やすくして♡』も歌われてるんですね?
保科 はい。3年前に社長が歌を出したいということで詩を書かれてきたので、私が曲を付けたのが最初のデュエット曲『夢と未来へ』で、2年前に出したのが『やすくして♡』になります。そのおかげで2人そろっての営業も多くなりました。今回の夢コンサートでは千昌夫さんを始め、伊東ゆかりさん、三田明さん、石原詢子さんと、錚々たるヒット歌手ぞろい。その中で一番売れてないのが私なんです(笑)。

――でも、10月に出された保科さんのカバーCD『I'm A Singer』(夢レコード)は甘く切ない声が魅力的で聴き入ってしまいましたよ。
保科 でしょう! 皆さん、そうおっしゃるんです。「本当に歌手だったんですねぇ」って。CMでおねだりばかりしている私しか知らないと、そう思われても仕方ないんですけどね。

――失礼ですが、出演者はご高齢の方が多いのに基本1日に2回公演。しかも会場が異なるんですね。
保科 昼と夜で場所を変えてやっています。昼の公演が終わると慌てて用意して次の会場へ大移動。1時間くらいで移動できる範囲に夜の会場はあるのですが、車が渋滞すると本番20分前に着くこともあります。なので、音響さんなどのスタッフは2班体制なんですよ。

――そもそも、保科さんが有名になる通販CMへの出演は、何がきっかけだったんでしょう?
保科 私は子供の頃から歌手になるのが夢でした。踊り、琴、オルガン、ピアノを習い、民謡教室では民舞の名取も取得。オーディション番組に合格したこともあるんです。でも、当時はアイドル全盛で、ブスな私は鼻を高くしようと引っ張ってばかり(笑)。高校を出てからは地元の自動車ディーラーに就職しました。23歳のときに実家(クリーニング店)が破産し両親は離婚。大手の芸能プロからのお誘いもあったのですが、実家の借金のことを話したらデビュー話は立ち消えになってしまったんです。

――そんなに波乱万丈な人生でしたか…。
保科 このままではダメだと27歳で上京を決意し、著名な作曲家の先生に弟子入りしました。電話番から運転手まで、なんでもやりましたね。先生のアドバイスで一番心に残っているのは、「人を恋しいと思ったら指先まで恋しがりなさい。テクニックではなく、心で歌え」ということ。2年半ほどでデビューさせていただき、その1年後に先生のもとを離れて芸能事務所に所属しました。主な仕事としてはホテルのラウンジで月に1度、45分のステージを3回こなすのを15年間続けました。ラウンジなので、大きな声はNG、会話の邪魔にならない、雰囲気に合った歌ということで、カーペンターズなどの洋楽から竹内まりやさんまで、なんでも歌えるようになりました。そこで、石田社長と出会うんです。

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