子供の水死が続発! 江戸を騒がせた「河童(カッパ)」目撃事件と塩漬けにされた遺骸の怪異

弁慶堀では人を引きずり込む怪現象が…

絵を見つつ騒動の話をすると、一緒に聞いていた曲渕景漸は「この絵は、自分が昔見た河童の絵と違わぬ」と声を潜めて口にした。

それにしても江戸の政治経済治安を統べる南北町奉行と、幕府財政の責任者たる勘定奉行が一堂に会し、河童のことを真剣に話している絵面を想像すると、かなりのインパクトがある。

続いて『甲子夜話』から、河童に殺されそうになった中間(武家奉公人)の話をしよう。くだんの中間は、弁慶堀(現在の千代田区から港区にわたってある外堀。赤坂見附近くでは池になっており、23区内でも有数の釣り場となっている)で難に遭った。

夜半どきに、堀に沿って歩いていたところ、堀の中から自分を呼ぶ声がし、手が突き出ているのが見えた。

「これは顔見知りの子が堀に落ち、自分に助けを求めているに違いない」と考えた中間がとっさに手を差し伸べると、その手は万力のような力で手を握り返し、池に引きずり込もうとした。危険を感じた中間は必死で手を振りほどき、屋敷に逃げ帰った。

異常体験に茫然自失の中間は、身体から想像できない生臭さを放っており、正気に戻るまでに4~5日かかった。屋敷の人々は「定めし河太郎の仕業だろう」と噂しあった。

以上だが、ツチノコと河童は現在でも、しばしば目撃例が報告されている。また、ここに取り上げた以外では、龍、天狗、大蛇もしばしば話題に上ることがある。これらは明治維新以後の激動を生き抜いた江戸UMAと定義して良かろう。

【大江戸怪奇譚3】へ続く

週刊実話増刊『未確認生物UMAの秘密』より一部抜粋