追悼「日本一の三塁ベースコーチ」高代延博さん“クセ、サイン盗み”秘話

大阪経済大学のキュレーションサイトより
12月9日深夜、法政大学野球部のOBから「日本一の三塁ベースコーチ」と称された高代延博が、かねてから闘っていた食道胃接合部がんで死去したことを知らされた。71歳だった。

高代は法大卒業後、東芝に入社。1978年のドラフト1位で日本ハムに入団し、'88年広島へトレード、翌年に現役を引退した。

私は、法大の後輩である高代について“クセ、サイン盗み”に長けている名参謀として評価が高かった。

だから広島、中日、日本ハム、第2回&第3回WBC、オリックス、阪神などコーチとして招聘され、“スパイ野球”を得意とした野村克也氏からも「日本一の三塁ベースコーチ」と褒め称えられたほどだ。

高代にそれを伝授したのは“サイン盗みの名人”と呼ばれた柴田猛氏だ。柴田氏は南海時代に野村氏からクセ盗みを学んでいる。そして、高代はコーチとして頭角を現した。

「高代は真面目で、現役時代から野球に対して探求心があった。相手ベンチのサインを解読したり、投手のクセも熱心に分析していました」(柴田猛氏)

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的確なサイン盗みは卓越していた

私が最後に高代に会ったのは大阪・北新地のスナック。当時、阪神監督の岡田彰布氏とヘッドコーチの高代が一緒にいたのだ。

「世渡りが上手いだけでなく、本当にオリックス時代は助かった。頼りになったから阪神では真っ先に呼んだんだ。三塁コーチとしての判断力は抜群で安心して任せていた」

岡田氏はそう語っていた。

「世渡りが上手い」とは、高代は監督が代わりそうな気配を感じ取るのもイチ早く、「次への就職活動が上手い」との陰口もあったからだが、クセの見抜き方、的確なサイン盗みは卓越していた。

現場の監督にすれば、高代の能力は作戦面で大いにプラスになる。

また、高代への悪い噂は実力で吹き飛ばしていった。

「辛い闘病生活だったが、治療しながら最後までユニホーム(大阪経済大学野球部監督)を着ていたことが、あいつらしい」(山本浩二氏)

高代は生涯現役を全うした。

合掌。

文/スポーツジャーナリスト・吉見健明

「週刊実話」1月1日号より

吉見健明

1946年生まれ。スポーツニッポン新聞社大阪本社報道部(プロ野球担当&副部長)を経てフリーに。法政一高で田淵幸一と正捕手を争い、法大野球部では田淵、山本浩二らと苦楽を共にした。スポニチ時代は“南海・野村監督解任”などスクープを連発した名物記者。『参謀』(森繁和著、講談社)プロデュース。著書多数。