「店の歴史を描いた本を最後にここで売る」伊野尾宏之店長が模索する『伊野尾書店』閉店の向こう側

“いい本”を書く人 を照らす活動がしたい

「本って不思議なもので、フラットに見たら明らかに世の中から遅れているメディアなんですけど、なぜか過剰に良いものと評価されているでしょ。表向きには『本を読みましょう』とみんな言うんだけど、お金は落とさない。建前とホンネが大きく乖離した状況です。電車に乗っても、本を広げる人の姿はめっきり見なくなりました。活字に親しんできた世代のおじさんだって、スマホでショート動画やSNSを見ているでしょ。これはもう世の中の構造がそうなったということ。人間って一日に読める文字のキャパが決まっている気がするんです。それはどうでもいいXの炎上ポストだったり、思わせぶりなタイトルで煽るだけのネットニュースで活字欲がオナカいっぱいになる。そうやって本を読む気力が失われているんじゃないですかね」

思い当たる節しかない。絶望する。いくら便利だからとはいえ、本の世界で禄を食む者でありながら刺激的で即物的なものばかりに傾倒している己にである。

以前は女の裸目当てでエロ本を買ったとしても、スキマのページで娯楽なり教養なりに触れることができた。それが今はどうだ。女の裸だけ見て帰っていないか。

本にまつわるあらゆることが苦境に立たされている現状は、愚かな人のサガとしては真っ当な進化であり、戻れない道なのではないか。

それでも、本と共に生きていきたい。書店を閉店したとしても、彼が死ぬまでにやるべきことはある。

「いま、進行している話もあるんですが、この商売にならない商材をどう扱っていけばいいのか。頭を悩ませていくのでしょうね。今も世の中に本は出続けていて、世間に取り上げられなくても“いい本”を書いている人はいる。そういう人たちを本屋とは違った形で照らすような活動はしていきたいですね。来年1月には僕の本が出るんですよ。『本屋の人生』という、たいそうなタイトルなんですけどね。伊野尾書店の歴史と日常を描いた本を、最後にこの店で売れるというのも面白い縁ですよね」

(完)

取材・文/村瀬秀信

「週刊実話」11月13日号より