ヤンキー路線を突っ走った中森明菜 悲劇の歌姫が抱えたドロ沼の宿命

紅白出演で視聴者を凍りつかせることに

しかし1989年、交際中のマッチの自宅マンションで起こした自殺未遂騒動から転落がはじまる。

骨折でのドラマ降板や損害額1億円ともいわれるディナーショー中止などスキャンダルが相次ぎ、摂食障害で激ヤセ、家族とも絶縁…。

ついには公の舞台には姿を見せなくなり…と、大映ドラマを地で行くような壮絶な不幸っぷりは、いつもはエゲツない週刊誌さえネタにできないレベルに達してきた感がある。

それでもまだまだ人気は根強く、昨年リリースしたベストアルバムはCDセールスが低迷するなか、売り上げ25万枚を突破!

待望論をうけて年末の紅白歌合戦にもニューヨークからの生中継で復活を果たしたのだった。だが…。

「みなさんにすこしでも…あたたかさ…とどけばいいなと…おもいます…」

ボリュームをマックスにしないと聞きとれない放送事故レベルのウィスパーボイスで、年の瀬のお茶の間を凍りつかせることとなった。

無理に背負わされた不良少女のイメージは、もはや明菜の宿命なのか…。

【80年代アイドル“ツッパリ伝説”3】へ続く

「週刊実話 ザ・タブー」11月7日号より