破壊王・橋本真也、急逝から20年 いま振り返る珠玉の名勝負3選

新日を揺るがした壮絶なセメントマッチ

(2)橋本真也vs小川直也(1999年1月4日、東京ドーム)
花道で大の字になる橋本を尻目に、リング上でマイクを取った小川直也は、目の前で起こった惨劇にざわつく観客席に向けて「もう終わりかよ! おいおいおい冗談じゃねぇよ、オラッ! 新日本プロレスファンのみなさん目を覚ましてください!」と言い放った。

柔道家からプロレスに転向した当時と比べてすっかりシェイプアップした小川は、手にオープンフィンガーグローブを装着。その見た目も戦いぶりも総合格闘技仕様に変身していた。

小川自身は試合後に「UFO(師匠・アントニオ猪木が新日を離れてから主宰したプロレス団体)でやってきたプロレスをやっただけ」と話しているが、橋本に馬乗りになってパンチを浴びせ、顔面を蹴り上げるといった試合ぶりが、この日に行われた他の試合とは、一線を画するものだったことは確かである。

小川に橋本潰しの意図が本当になかったのだとしても、試合前から不信感を抱いていた橋本にしてみれば、小川の放つパンチやキックの一つ一つがセメントを仕掛けてきたように映ったに違いない。

その結果、橋本は終始及び腰となってしまった。

ノーコンテストで終わらせようとしてレフェリーに手をかけたりもしたが、小川が追撃の手を止めることはなかった。

試合後の会見で橋本が、対戦相手の小川の背後にいる猪木を名指しして「許さねえぞ!」と怒りをぶちまけたことも、この試合の異様さを際立たせることとなった。

猪木が小川を操って橋本にシュートマッチを仕掛けさせたというのが橋本やその周辺の見方であり、恐らくその推察は大きく間違ってはいないだろう。

この試合以降に新日本内で発言力を強めた猪木は、小川vs橋本の再戦を主導することになり、2000年4月7には橋本が引退を懸けさせられた『小川直也に負けたら即引退!スペシャル』が行われることになった。