「クロサワ見てなきゃ人間じゃない」のむみちが“名画座界のマザーテレサ”と言われるようになったキッカケ

「黒澤を見ていなくても人間です」

のむみちの人生に、まだ名画座も千葉泰樹映画も出てこない。休みの日はたまに彼と一緒にハリウッド映画を見に行く程度。

多くのことは望まない。本に囲まれ、毎日触っていられるだけで満足な日々だった。

そんな平穏な日常は、往来座の店主・瀬戸雄史のひと言によって、あらぬ方向へと進んでいく。

「クロサワも見ていないようじゃ、人間じゃないよ」

は? カチンときた。そこまで言うなら見てやろうじゃないか。クロサワなにするものぞ。

それは黒澤明没後10年目、のむみち33歳の春。ついに『七人の侍』を見る。

「全部じゃないですけど、『生きる』とかまとめて見ましたよ。悔しかったですからね(笑)。でも、面白かったです。『うわ~♡』ってなるかと言われたら、どうでしょう。ただ古い映画の入り口には立ったかも。

扉を開けたのは同時期に店に来た常連さんたちです。古本屋に来るお客さんて、古い趣味の人が多いんです。

その人たちが『古い映画も面白いよ』と勧めてくれたのが増村保造や小津安二郎。DVDを貸してくれて、見たらやっぱり面白い。そこからですね。意識的に見るようになって、2009年に名画座へ初めて行くんです。

店の近くにある新文芸坐。おそるおそる、ですけどね。そこからハマってしまい、16年ぐらいですか。

今、ある程度見るようになって言えることは、あのとき勇気を出して一歩踏み出して良かったということ。もう一つ。黒澤を見ていなくても、人間じゃないことはないです(笑)」