「その子供堕ろせない?」“おめでた”女性社員に中絶を持ち掛けた有名IT企業の非道

 

異例のチーフに抜擢され…

当初は怒りに震えたという由香里さんだったが、冷静になるにつれ子供を諦める気になったという。

「今ここで堕ろさなかったとしても、今の状況では無事に出産まで持ちこたえられるか分からないし、今度何かあったらきっと解雇される。子供も仕事も両方失くすくらいなら、今は仕事をとろうと考えました。夫が結婚後にフリーランスになったので、私が正規雇用の仕事を失うわけにいかなかったんです」

背に腹は代えられない…泣く泣く中絶手術を受けた由香里さんはこれまで以上に精力的に働き、2年後、異例の出世でチーフに抜擢された。

「同期も先輩も出し抜くことに抵抗がなかったかと言えばウソになりますが、私は自分の子供を犠牲にしてまで仕事に打ち込んだので、これはご褒美だと受け取ることにしました」

しばらくして由香里さんは業界の集まりでN社の元幹部だというA子さんと知り合い親しく交流するようになった。

「それで一緒に飲んだ時に中絶のことを打ち明けたら『昔から変わってないのね』と言われました。A子さんが在籍していた時から『妊娠した社員はわざとハードな仕事をさせて流産するように仕向ける』という暗黙のルールがN社には存在していたそうです。それがとうとう中絶を推奨するまでになったみたいです」

A子さんによれば「Nはいつもギリギリの人数で回しているから、1人でも欠けると仕事に支障が出て、ヘタをすれば会社の死活問題になりかねない」のだという。

「ぶっちゃけ、激務が理由で流産や早産になると労災が関わって来て面倒…というのも有るんじゃないですかね。この話を聞いた時、こんなブラック企業にいたら自分の人生がめちゃくちゃになると思い、退職を決意しました」

現在は夫婦共にフリーランスと言う立場ながらも安定し、お子さんも生まれて幸せな家庭生活を送っている由香里さん。

まさに「案ずるより産むが易し」といったところだが、それにしても勤めていた会社がここまでブラックだと呆れてモノが言えない。

取材・文/清水芽々

清水芽々(しみず・めめ)

1965年生まれ。埼玉県出身。埼玉大学卒。17歳の時に「女子高生ライター」として執筆活動を始める。現在は「ノンフィクションライター」として、主に男女関係や家族間のトラブル、女性が抱える闇、高齢者問題などと向き合っている。『壮絶ルポ 狙われるシングルマザー』(週刊文春に掲載)など、多くのメディアに寄稿。著書に『有名進学塾もない片田舎で子どもを東大生に育てた母親のシンプルな日常』など。一男三女の母。