「偉大な政治家は、すべからく風見鶏!」巧妙な立ち回りで出世の階段を駆け上がった中曽根康弘の“政界処世術”



引退に追い込んだ小泉政権には“恨み節”も

中曽根は「大統領型」の首相で、トップダウン型のリーダーシップを発揮、追われるがごとく退陣した多くの政権とは異なり、余力を残した格好で約5年の長期政権をまっとうした。

その一方で、首相退陣後は数年で議員バッジをはずすのが通例だが、中曽根は異例も異例、退陣後も実に15年の長きにわたり、党長老としてバッジを付け続けたのだった。

しかし、平成15(2003)年11月の総選挙では85歳の「高齢」を理由に、当時の小泉純一郎首相から党公認の対象外とされ、ついに苦渋の政界引退を余儀なくされてしまった。

引退後、中曽根は小泉に対し、以下のような“恨み節”をもらしている。

「年寄りは引っ込めという安易なポピュリズムは、民衆迎合のにおいを感じる。(自らの引退から間もなくの小泉首相の改造人事は)自分の知っている人間や好みの人だけを集めた“小泉商店”のようで、これは株式会社ではない。小泉君は“変人”と言われたが、ついに“愚人”になってしまったのではないか」

暗に、こんなことで国家運営ができるわけがないと切り捨て、自らの約5年に及ぶ政権への自負がのぞけたのだった。

(本文中敬称略/次回は竹下登)

「週刊実話」4月17日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。