「犬の遠吠えでは効果がない」佐藤栄作政権の誕生とともに回転を始めた中曽根康弘の“風見鶏”



「俺はなぁ、キミたちと同じ志願兵だ」

初の「長官巡視」は東京・練馬駐屯地の第1連隊を訪れることが慣例にもかかわらず、中曽根はあえてジェット戦闘機に乗り、北海道は千歳第7師団に“降下”してみせた。

巡視のあと、夜は若い自衛隊員と車座になっての茶碗酒で、「俺はなぁ、佐藤総理に頼み込んで防衛庁に来たのよ。言うなら、キミたちと同じ志願兵だ」とやって、大いにその場をなごませていた。

長官の位は旧日本軍に例えるなら元帥で、とても若い隊員が口をきくどころではないのだが、中曽根は持ち前のパフォーマンスで階級の溝を見事に埋めてしまったのである。

さて、防衛庁長官に就いて閣僚経験2回、中曽根は党内外に向けてソツがない一方で、沖縄返還に政治生命を懸けていた佐藤に対し、「私は沖縄問題が解決するまでは佐藤総理をお守りする」と宣言した。

すると、これまた佐藤をいたく喜ばせ、次の改造人事ではまんまと党三役の一角、総務会長の座を手に入れている。

こうした経緯を経て、やがて昭和47(1972)年には田中角栄と福田赳夫が激突した「角福総裁選」が勃発。激しい権力闘争が繰り広げられる中、いよいよ中曽根「風見鶏」は全力で回転するのだった。

(本文中敬称略/この項つづく)

「週刊実話」4月10日号より

小林吉弥(こばやし・きちや)

政治評論家。早稲田大学卒。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。