「どうせ痛い思いをするなら、気持ちよく血を流したい」佐々木貴がFREEDOMS存続の危機を救い続けた頑なな信念を激白!



コロナ禍には資金が底をつくまで給料を払い続けた

佐々木貴
そんな中、FREEDOMSは「試合を行わない」という選択をする。

「僕らのプロレスは生でこそ伝わる生き様や魂の部分が命ですから、無観客試合はやりませんでした。でも、そうすると収入がない。残された運営資金もそんなになかったですけど、これをどこに向けるかとなったとき、人件費を最優先に充てました。うちにとって何よりの財産は人ですからね。いつになるのか先が見えませんでしたが、興行再開となったときに、すぐにこれまでと同じパフォーマンスを出せるように『頼むから身体だけはキープしておいてくれ』と、資金が底を突くまでは給料を払い続けようと。有観客試合が許されてから即再開しましたが、みんなしっかり約束を守ってくれていたので、ブランクを感じさせない、いい試合を見せることができたと思います」

再開後、有観客試合となっても、会場の人数制限や声を出せないなど制約が厳しかった。

それでも選手たちは『俺らの試合、黙って見てらんねえよな』と言わんばかりに、声の出せない観客が我を忘れて声を上げるほど熱狂させることをモチベーションにして、激しいファイトを見せ続けた。

「それでも運があったんだと思いますよ。コロナ禍の間に、葛西が映画になって(『狂猿』21年公開)これがヒットしたり、選手もお客さんも離れずについて来てくれた。それにこれは個人的な話ですが、コロナ禍の間に親父が亡くなったんです。葬式がフロリダ大会に出発する予定の日で、中止になったことで葬式に出ることができたんです。親父はプロレスラーになることも反対していて『大学まで行かせたのにプロレスラーになんかなりやがって、もう二度と岩手に帰って来るんじゃねえ』と怒鳴られ勘当同然だったので、最後に会えて良かったのかなと」

故郷の一関で父の葬式を終えた佐々木は、茅ヶ崎の家に帰り、心に穴が開いていることを感じていた。

なんとなく部屋の掃除を始めると、1枚の何も書かれていないDVDを見つける。