エンタメ

田中角栄の事件史外伝『兵隊やくざ――“田中政治の原点”型破り戦場秘話』Part4~政治評論家・小林吉弥

衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影(C)共同通信社

陸軍盛岡騎兵隊第三旅団第二十四連隊第一中隊に応召され、満州国・富錦の連隊駐屯地に入営した田中角栄二等兵は、入営したその晩から3日連続でビンタの洗礼を浴びた。ビンタは1週間に2晩か3晩は必ずあり、田中らの班の12名のうち誰かしらが犠牲になっていた。

夕食がすむと、やることがない古兵が、田中ら新兵のところにやって来る。鉄製の寝台の前に立たせた新兵に、一人ずつ〝ヤキ〟を入れるのである。「銃や軍刀の手入れが悪い」など、理由はいくらでもつけられた。田中も革のスリッパで両頬を殴られ、2、3日、メシが喉を通らないこともあった。

ある晩、「精密検査」が行われた。田中はあらかじめ銃、軍刀、軍靴の手入れから、軍服が破れたときに縫う小箱に入った針の本数まで、キッチリ確認しておいた。古兵がいくらあら探しをしても何も出ないだろうとタカをくくっていたら、どういうわけかビンタが2発ばかり飛んできた。

気の強い田中が「一体どこが悪いのですかッ」と食ってかかると、古兵いわく「その態度が悪いッ」と、また余分に1発ビンタを〝上乗せ〟された。一事が万事、軍隊生活はそんな具合だったが、女性絡みのエピソードも残している。

じつは、入隊前の田中は、事業が大成功していたこともあってカネに余裕があり、東京・駒込のアパートで愛人と同棲していた。田中はのちに、この女性の存在を「忙しい自分の身の回りの世話をしてくれたハウスキーパー」と呼んで、自ら明かしている。

戦地へ赴く弟を思う姉

いよいよ入隊の数日前、このアパートの荷物を新潟の実家に送るため、田中のすぐ上の姉・フジエが上京してきた。フジエは弟が愛人と同棲していることに驚いたが、田中にも愛人にも何も言わなかった。戦地へ赴く弟である。すべてを呑み込んだうえで、ということだったと思われる。

しかし、フジエはその晩から、自分の布団を田中と愛人の間に敷いて寝た。ために、フジエが新潟に引き揚げるまで、田中と愛人は日中に、外の旅館などで会うしかなかったという。

さて、田中のいた兵舎では、夕方、必ず営庭に全員集合して点呼がとられ、週番士官による訓示があった。この点呼後に兵士が事務室に立ち寄ると、当日に内地から届いた手紙などを週番士官から渡される仕組みになっていた。

ある日、田中が事務室へ出向くと、一通の封書を渡された。封書は検閲のため、すでに開封されていた。田中がその封書を受け取ろうとすると、週番の曹長が言った。

「おい。その手紙をここで読んでみろッ」

田中は何気なく読み始めたが、思わず言葉に詰まってしまった。手紙は東京の愛人、あの「ハウスキーパー」からのものであった。ちゅうちょしていると、曹長が「寄こせ。俺が読んでやる」と、田中の手から便せんを取り上げて高々と読み上げ始めた。

《あなたの好きなフリージアの甘い香りが流れて参ります…》

元来、汗っかきの田中は、それを聞きながら全身から汗が吹き出していたそうである。

開花する「兵隊やくざ魂」

田中には政治家となった後年でも、複数の愛人、赤坂あたりの芸者衆などからモテたという女性絡みの話が付いて回った。この満州国での第二十四連隊第一中隊の中でも、しょっちゅうラブレターが来る二等兵として〝有名〟だったようだ。

「田中角栄のところには、女性から頻繁に手紙が来ていた。ために、古兵たちに憎まれ、よってたかって読み上げられるということが多々あった。これに閉口した田中は、ついには手紙を食ってしまったこともあった。また、手紙だけでなく女性からの慰問袋もたくさん来ていたという。羊かん、手ぬぐい、歯磨き粉、ふんどしなどだが、田中はそれを第一中隊の初年兵に気前よく分けてやっていた。時には〝千人針〟も届き、これには必ずカネが縫い込まれていて、縫い目をほどくと、十円札がポロポロと落ちたそうである(要約)」(『異形の将軍』津本陽・幻冬舎文庫)

あらためて、若き日の田中のモテモテぶりが知れるところでもある。ちなみに、前出の「ハウスキーパー」は姉・フジエが中に入った格好で別れさせ、その際に田中は、彼女が当面の生活に困らぬ十分なカネを渡して応召されたという。一度は彼氏(田中)と別れた身ではあったが、ラブレターまがいの手紙を戦地まで出す「ハウスキーパー」の未練もうかがえる。

そうした一方で、田中は単なる小生意気な新兵ではなかった。理不尽がまかり通る「地獄」とされた旧陸軍の内務班生活の中で、他の新兵には見られぬ「兵隊やくざ」ぶりを発揮していた。上官にも常に正論をぶつけていく男気、類いまれな判断力など、ただ者にあらずで、やがて上官も一目置くようになっていく。

「第一中隊に田中あり」の勇名が連隊中に伝わるのに、1年もかからなかったのである。

(本文中敬称略/Part5に続く)

【小林吉弥】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。最新刊に『新・田中角栄名語録』(プレジデント社)がある。

あわせて読みたい