深セン「日本人男児刺殺事件」発生から1週間――父親の手紙と被害者の写真流出…中国の“三十六計”に陥るな


撮影日時は、事件の2カ月ほど前の7月21日深夜23時18分。「山のふもとで4カ月を過ごし、ようやく南山山頂にたどり着いた。夜中に山に登るのは大変だった?」というコメントが添えられた、スマホのスクリーンショットである。

父親の「文書」の次に拡散された男児の写真(中国のSNSより)

この写真の真偽もまた不明だが、否応なしに感情が揺さぶられる。 

事件後、日本側は柘植芳文外務副大臣が中国のSNS上で広がっている「日本人学校などに関する悪質で反日的な投稿」を取り締まるよう要請。国連総会出席のためニューヨークを訪問中の上川陽子外務大臣も、中国の王毅外交部長と会談し、以下の3点を強く求めたという。 

(1)犯人の動機を含む、一刻も早い事実解明と日本側への明確な説明、さらには犯人の厳正な処罰と再発防止
(2)中国に在留する日本人、とりわけ子どもたちの安全確保のための具体的措置 
(3)日本人学校に関するものを含む、根拠のない悪質で反日的なSNSの投稿等は、子どもたちの安全に直結し絶対に容認できないとして、早急な取り締まりの徹底

これに対し、王毅部長からは、中国側の立場はこれまで外交部報道官が述べている通りであると主張。 

「今回起きた事は、我々も目にしたくない偶発的な個別事案であり、法律に則り処理をしていく」旨の反応があったとされる。 

しかし、この言葉を額面通り受け取ることはできない。 

古代中国の軍事戦術『兵法三十六計』に「混水摸魚」という考えがある。 

混水摸魚を直訳すると「水を混ぜて魚を摸る」という意味で、相手の内部混乱に乗じて勝利を収める策略を指す。 

つまり、相手に混乱がなければ、まず混乱を起こすように仕向け、相手の判断をまどわすような「攪乱工作」により指揮系統を乱しておいて、それにつけこむのだ。 

中国の情報機関には「混乱させる」ことのみに特化した部門が存在し、相手が混乱してからの「つけこみ」は別部門が担う。手段を徹底し、目的遂行を遂げるための分業体制だ。罪悪感も、いくらか和らぐだろう。 

父親のものとされる文章といい、男児とされる写真といい、随時迅速に情報統制できる体制にありながらSNS上に一定期間拡散されたのはなぜか。 

ちなみに、日本人男児刺殺事件後に日中両国の間で起こった事柄は以下の通り。 

●9/20 日本産水産物の輸入再開へ~日中両国が合意
●9/21 日本の731部隊を題材にした中国映画『731』の先行予告編をリリース(来年公開) 

これらが、事件の混乱に乗じて「中国側が仕掛けてきた撹乱工作」と言い切るつもりはないが、その真偽を相手に委ねるやり方など、中国の底しれぬ冷徹さも感じさせる。  

文/北上行夫

北上行夫

ジャーナリスト。香港メディア企業ファウンダー。2001年より日系コンサルタント会社やローファーム向けに中国本土を含むASEAN販路開拓業務に従事。香港人/日本人/大陸人/華僑の不条理に挟まれ20年余、2018年より日本支社プロジェクトマネージャー。2023年より中華圏マーケット調査&ライターが集う「路邊社」に参画。テーマはメディアが担う経済安全保障。

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