石井一久「野球人生をのんびり、のほほんとできたのも、妻のおかげだと思います」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第46回
テレビのバラエティー番組などで見る限り、明るくおどけた印象が強い石井一久。いわゆるアスリートらしさとは無縁のようでいながら、日米通算で182勝を挙げた紛れもない一流投手である。その知られざる内面に迫ってみた!
アスリートには幼少時や学生時代の熱血エピソードが付きものだが、そういった物語とは無縁で「知らないうちにプロ野球選手になっていた」というのが石井一久だ。
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プロ入りの理由を「高校を卒業したら辞めようと思ったら、スカウトがいっぱい来たから」と話す石井だが、高校生としてはトップクラスの評価で「江夏豊に匹敵する高卒左腕」との声も聞かれた。
石井の父がヤクルトの石岡康三投手コーチ(当時)と従兄弟同士だったことから、石井自身がヤクルト入りを強く望んだため、1991年のドラフト会議では単独指名となった。しかし、それがなければ複数の競合もあっただろう。指名権を獲得したヤクルトも、高校生1位としては当時の球団最高額となる契約金8000万円を提示している。
プロ入り後、ヤクルトの監督を野村克也が務めていたことも、石井にとっては幸運だった。野村は選手を型にはめるような画一的な管理をせず、それぞれの個性に合った育て方を目指すタイプであり、これについては石井も「(野村監督は)僕のことは甘やかしてくれた。そのおかげで、なんとか一軍でも成績をそこそこ残すことができた」と話している。
あと1イニングなのに交代を申し出る
野村は石井の才能を高く買っており、1992年はレギュラーシーズン未勝利(先発登板5回)に終わったにもかかわらず、日本シリーズ3戦目に石井を先発起用している。結果は4回2失点で敗戦投手になったものの、高卒新人のシリーズ登板は巨人の堀内恒夫以来26年ぶりのことだった。これが1戦目や2戦目ならば「捨てゲーム覚悟の奇策」とも言えようが、勝負どころの3戦目となればかなりの期待があったに違いない。2007年に日本最速で1500奪三振を達成した際にも、野村は「ものが違う」と手放しで石井を褒めている。
しかし、そんな周囲からの期待に石井が応えたかといえば、実はそうでもない。野村のヤクルト監督在任中、95年と97年のリーグ優勝、日本一に貢献しているが、次々と三振を奪う一方で四死球や暴投も多く、不安定さをぬぐえなかった。
常にマイペースな性格も〝頼れるエース〟のイメージからは程遠く、97年9月のノーヒットノーラン達成時には、あと1イニングとなった8回終了時に「疲れたんで」と言ってクローザーの高津臣吾への交代を申し出て、周囲を慌てさせたこともあった(結局9回まで投げて達成)。
野球については好きとか嫌いではなく、「あくまでも仕事だから」と言ってはばからない。石井の「ライバルという存在を考えたことがない。少なくともチームメートは友人」といった姿勢は、個人主義が強くなったといわれがちな令和の時代から見ても、かなり特殊であろう。
重傷を克服してメジャーで活躍
そんな石井が2001年のシーズンオフにメジャー挑戦を表明し、ポスティング・システム(入札制度)を利用してドジャースへ移籍した。いったいどんな風の吹き回しだったのか。石井の「今まで具体的な夢を持ったことはなかったけど、初めて描いた夢がメジャーだった」との言葉をそのまま受け取れば、野球への情熱がようやく芽生えたということになる。だが実際のところは、00年に結婚したフジテレビの木佐彩子アナ(当時)が、かつてロサンゼルスに住んでいたことなど、何か別の理由があったのかもしれない。メジャー在籍4年の通算成績は39勝34敗。初年度に死球を受けて頭蓋骨を亀裂骨折するアクシデントがありながらも、まずまずの好成績を残したあたり、MLBの自由な気風は石井に合っていたのかもしれない。
06年には古巣ヤクルトへ復帰。08年には西武へ移籍したが、その理由をテレビ番組で「新しい友達をつくりたかったから」と話したのは、いかにも石井らしい。実際、西武時代にチームメートだった岸孝之は「10歳年上なのに友達みたいに接してもらった」と当時を振り返っている。
13年10月の引退セレモニーで、石井は「野球人生をのんびり、のほほんとできたのも、妻のおかげだと思います」とスピーチした。また、引退の理由については「マンネリ化してきたから」とも語っている。
結局、最後まで闘志をむき出しにすることはなかったが、それでいて21年にわたる現役生活を続けられたのは、やはりどこかに野球への熱い思いがあったのではなかろうか。
引退後の18年には、楽天ゴールデンイーグルスのGMに就任。21年シーズンからは同じく楽天で監督も兼任している(23年シーズンからは監督に専任)。ひょうひょうとしているが、これほど長くプロ野球に関わり続けている人物は、他にそうそういないだろう。
《文・脇本深八》
石井一久 PROFILE●1973年9月9日、千葉県生まれ。東京学館浦安高から91年ドラフト1位でヤクルトに入団し、01年オフにメジャー移籍。06年にヤクルト復帰後、08年に西武移籍、13年に引退。日米通算182勝137敗。最優秀防御率1回。最多奪三振2回。
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