『昭和猟奇事件大捜査線』第51回「女性の白骨死体は消えた社長令嬢か?あまりに身勝手な殺人者」~ノンフィクションライター・小野一光
昭和40年代の初冬、近畿地方O県O市の雑木林で、植木に適当な栗の木を探していた工務店の下境充郎(仮名、以下同)は、白いボールのようなものが転がっているのを見つけた。
そこで何気なく、そのボールのようなものをつま先で蹴ってみると、乾いた音を立てて4〜5メートル先に転がっていった。ボールにしては硬い感触に驚いた下境は、急いで近づいて見てみる。
「なんだこれ? 人間の頭なんじゃないか」
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その近くを見回してみると、頭蓋骨があった場所から3メートルほど離れた場所に、形の崩れかかった竹製の行李がある。緑色のビニールロープが十文字にかけられており、行李の破れ目から中を覗くと、布切れのようなものが入っていた。
それを「行李詰め死体だ」と直感した下境は、一目散に仕事場へと駆け戻り、同僚に報告。警察に通報したのだった。
捜査員が駆けつけ、頭蓋骨が発見された地点を中心に、広範囲の観察が進められた。行李は上蓋左隅と中央部分に約10センチの穴が開いており、野犬などに食い荒らされた状況が窺える。
行李の中からは、性別不明の毛髪と、洗濯ネームが縫取りされた毛布片が発見され、その縫取りには「I、大、山」との文字があることが判読できた。さらに周辺からは、女物下着と認められる布片や、骨片、さらに上腕骨や、脛骨、尺骨などの人骨が発見されていく。
見つかった白骨は、死後約1年余りを経過したものと認められた。同時に発見された女性用下着などから、死体の性別は女性で、何者かが行李に詰めて土中に埋め、それが土砂崩れによって露出したものと推測されたのである。
数少ない証拠からしらみつぶしに捜査する
このような結果から、他殺白骨死体と断定され、捜査本部が所轄のO警察署に設置された。そこで立てられた捜査方針は、以下の通りだ。○O県に関係する家出人票にある家出人の捜査 ○現場から発見された毛布片の洗濯ネームについての捜査 ○現場付近で発見された被害者の衣類についての捜査 ○現場付近にある宅地造成や建築事業に従事する労務者関係の捜査
こうした捜査を実施したところ、次の捜査結果が得られた。
○白骨、毛髪の鑑定結果と遺留されていた衣類を解明した結果から、被害者は女性。年齢は18歳から25歳。身長155センチ程度 ○遺留されていたナイトウエアの捜査結果から、被害者はそれを購入できる昭和×年×月以降に殺害されたものと断定できる ○被害者を転出者や現場付近の建築関係飯場などの炊事婦とする可能性は少ない ○容疑者についても、建設関係労務者とする情報は入手できなかった ○洗濯ネームのある毛布片以外の資料からの追及は困難である ○被害者を遠隔地の者とする資料は入手できなかった。衣類の販売系統から見ると、隣接県までの範囲とみるのが妥当である
以上のことから、第2次捜査方針が立てられる。
○毛布片にある洗濯ネーム「I、大、山」により、判明したP県P市のクリーニング店の捜査を続行する ○「山」の文字を姓とする関係者の捜査を推進する ○他県、特に近畿管区内の家出人のうち、O県に立ち入り先を持つ者を、さらに捜査する
この3項目に絞り、とりわけ家出人捜査については、被害者に直結する可能性が高いことから、捜査員を増強し、重点捜査としたのだった。
こうして、O県に立ち回り先を持つ家出人を調査したところ、50余人を数えたが、これらをさらに検討した結果、この事件の被害者である可能性のある者が29人にまで絞られた。そこでその一人一人について、専従捜査員を決め、生死の確認をする方法での捜査を進めることになった。
家出から1年が経つ社長令嬢
同捜査が進むにつれ、徐々に該当者の生存が確認されていき、ついに最後の1人を残すのみとなる。この女性は、I県B市に住む事務員の安田瑠璃子(21)で、両親や友人に対して、家出後になんの音信もなく、その所在が確認できない。実は彼女、I製作所の社長令嬢だった。
そして両親などへの捜査で、次のことが分かる。
○家出の原因はまったく心当たりがない ○家出時に15万円の現金と身の回り品をほとんど持ち出している ○家出した翌日、P市O区の消印で、「心配しないでほしい。自活するつもりです。またお目にかかる日もきます」との手紙が両親宛てに届いている ○両親は、「本人は甘やかされて育っているから、1人で自活することは考えられない。1年間も便りがないのは信じられない」と語っている
この報告を受けた捜査本部では、「家出の原因は両親に話せない異性関係によるものと認められ、現在もなお同棲している可能性もある」と判断し、確認のため、瑠璃子の男性関係に捜査の的を絞ることにした。
そうしたところ、瑠璃子の高校時代の同級生で、彼女と親交のあった女性から「瑠璃子さんは、O市の団地に住んでいる『山本』という、30歳くらいの男の人と付き合いがあると言っていた」との証言を得たのである。
まず本件の現場近くにあるH団地において、「山本」姓の人物をしらみ潰しに調べたところ、14人を把握した。そこで1人ずつ勤務先や家族関係を調べたところ、13人については無関係であることが確認できた。
最後の1人として残った山本真二郎(28)は、P市にある樹脂工場に自動車運転手として勤務していたが、この会社は瑠璃子の父親が経営するI製作所と取引があった。それに加え、山本本人が同社に出入りしていることが判明する。さらに、山本の苗字と勤務先の名は、遺留品の洗濯ネームの記載内容と合致していた。
そこで捜査員が瑠璃子の写真を持って、山本の住む団地で聞き込みを行ったところ、次の証言を得る。
「山本さんはいろんな女の人を連れて帰ってくる。この写真の人も昨年の×月ごろ、1週間ばかり同棲していたが、その後は見たことがない」
捜査本部がさらに詳しく山本の動向を内偵捜査したところ、以下の事実が明らかになった。
○女性関係は、瑠璃子を含めて12人。これらの女から、金銭や物品を取り上げて、物品は入質している ○瑠璃子が失踪した時期に、バーの飲み代5万円を支払っている ○毎土曜日、会社のライトバンを自由に持ち出しており、死体運搬にも利用可能
こうした状況に加え、山本の職場の上司に協力を仰いで本人に聞いて貰い、彼が瑠璃子を知っているとの証言を得た捜査本部は、山本を任意同行したのだった。
「あんたに殺されれば本望や」
当初は否認を続ける山本に対し、取調官は内偵捜査で集めた資料を基に追及。その甲斐あって、彼は「瑠璃子が私を頼って家出してきたが、ガスで自殺をしてしまった。取引先の社長の娘なので、私の部屋で死んだとなると、あらぬ疑いをかけられる。それで会社のライトバンで死体を山に運んで埋めた」と自供した。彼の証言には多くの嘘があると考えられたが、捜査本部はまず山本を死体遺棄容疑で逮捕。本格的な追及を行ったところ、さすがに抗しきれず、殺人を認めたのだった。彼は言う。
「瑠璃子と会ったのは2年前。彼女の父親が経営する会社の前で物損事故を起こし、そこで声をかけられたのがきっかけでした」
山本は自分が苦学生だと嘘をつき、瑠璃子の気を引いた。さらに関係ができてからは、他に本命の女を作りながらも、彼女との関係を続けたという。
「そんなとき、瑠璃子が妊娠してしまったのです。そうなると自分が本命の女と結婚できなくなってしまう。『すぐに堕ろしてくれないか』と頼みましたが、彼女は首を横に振る。そこで、結婚すると騙して家出をさせ、自分のアパートに連れ込んで、堕ろすことを説得しようと思いました」
そうして山本の部屋で同棲を始めたが、瑠璃子は堕胎については頑として拒み続けた。追い詰められた山本は、「もう殺すしかない」と考えたのである。
山本は事前に酒と睡眠薬を用意していたが、別れ話に激昂した瑠璃子は、「堕ろさなければ殺してしまう」と口にする山本に向かって、「あんたに殺されれば本望や」と、出された酒や睡眠薬を飲んでしまう。
熟睡した瑠璃子に対し、山本はガスを使用している。彼女の口元にガス管を当て、放出したガスを彼女が吸引するのを確認して、顔に掛け布団を被せたのだ。
もがく瑠璃子を布団で押さえ、ガス栓をさらに開き、動かなくなったところで、その顔や手に触って彼女の死を確かめたと語る。
その後、山本は非道にも「もし発見されても顔さえ崩しておけば、絶対に身元はバレない」と塩酸を購入。彼女の衣類をすべて脱がせ、死体を行李に詰めると、顔に塩酸をかけたのだった。
こうして完全犯罪を企んだ殺人は、土砂崩れで死体が発見されたことで、もろくも発覚してしまう。しかし、山本はなおも口にする。
「殺さなければ、私の幸福はつかめませんでした」
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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