『昭和猟奇事件大捜査線』第49回「連れ込み旅館に全裸の女性遺体…同伴した男の行方は?」~ノンフィクションライター・小野一光
昭和30年代の冬、中部地方B県O市でのこと。午前11時ごろに110番通報が入る。
「B駅前の鎌田屋旅館ですが、夜遅くに来て泊まったアベックの女の方が死んでいます。男は出て行ったまま帰ってきません」
現場は、市電通りの路地を折れたところにある、一見して連れ込み旅館だと分かる佇まいの宿。
【関連】『昭和猟奇事件大捜査線』第48回「怪死したスタンドバーのマダムを夫が発見…消えた“最後の客”を追え!」~ノンフィクションライター・小野一光ほか
県警本部の初動捜査班がまず到着し、現場保全を行う。部屋は2階の3坪ほどの洋間で、テーブルの上には女の和服がある。椅子の上には食べ散らかした寿司折り、二つ折りの財布などが残されており、床には名刺が1枚落ちていた。
青色のカーテン付き衝立で仕切られた奥の窓際にピンク色のベッドが置かれており、その上で女が仰向けになって死んでいる。首には手で絞めた際に生じる扼圧痕がはっきりと残っており、腹部から太股のあたりに、ほんの申し訳程度に布団が掛けられているが、その下は一糸まとわぬ全裸だ。
捜査員が、旅館の女将に話を聞く。
「午前2時半ごろ、前に一度うちに来たことのある、〝かしわやの祥子〟という30すぎの女が、30前後の初めて見る男と一緒に、『部屋はあるか?』と入ってきたので、2階の4号室へ案内しました。お茶を持っていくと、ビールを頼まれたので、1本運びました」
それから1時間ほどして、男の方が「ちょっと出てくる」と部屋から出て行ったのだと語る。
「紺色のよれよれのジャンパーを着て、髪をぼさぼさにした貧相な男でしたが、それっきり帰ってきませんでした。それで相手の人が10時半にもなろうというのに起きてこないので、女中を部屋にやったところ、死んでいたんです」
殺されたのは妹ではないか…
死体の状況などから、殺人であることが明らかであるため、以下の初期捜査方針が立てられる。○被害者の解明のための捜査(「かしわや」、「祥子」という店名、人物について) ○出て行った男についての捜査(同時間帯の目撃情報を含む) ○現場に残された遺留品の捜査(寿司折り、ならびに名刺について)
そうしたところ、「かしわや」という飲み屋が、現場から約2キロほど離れたI町にあることが分かった。さらに、寿司折りはその「かしわや」の隣にある「寿司善」で出されたもので、前夜、祥子という女に売ったものだった。
一方、名刺にはO市内の家具屋のAという人物の名前が記されていたが、捜査員が直接Aに会って尋ねたところ、彼も前夜に「かしわや」で飲んでおり、名刺は祥子という女に与えたものだと話す。念のため、重要参考人として追及したが、はっきりとしたアリバイが確認された。
この「かしわや」が存在するI町は、終戦後、いかがわしい飲み屋や連れ込み宿が集まり、どこからともなく男を相手とする女が集まってくる地域として知られている。
翌日になって、U警察署の派出所を通じて、管内の山田健司(仮名、以下同)という人物から、「ラジオで聞いたが、殺されたのは自分の妹ではないかと思う」との情報が寄せられた。
そこでさっそく健司と「かしわや」の女将を呼んで死体を見てもらったところ、彼女は間違いなく「かしわや」で働く祥子で、本名は山田祥子であることが判明する。ただし、兄の健司にしても、妹の祥子が「かしわや」で働いていることは知っているものの、現住所や生活の状況については、よく知らないという。
捜査本部は、祥子の身元をさらにはっきりさせることを決め、彼女が出入りするI町一帯での聞き込みを重点的に行った。すると同地域で稼働するタクシー運転手より、現場から2キロ離れたE町に祥子の住まいがあるとの情報が得られたのである。
元夫に恨まれていた被害者
祥子は夫と子供を捨て、前年夏からそこで、大工の石橋英人という男と同棲しているようだった。捜査本部は、まず石橋を有力な容疑者としたが、祥子の元夫の飛田康夫についての捜査を進めていた班から、飛田が自分の元を飛び出した祥子を恨んでおり、「見つけたら殺してやる」と話していたとの情報が上がってくる。そのことから、飛田についても有力な容疑者とした。
やがて、事件直前の祥子の足取りについても、徐々に情報が集まってくる。「かしわや」の女中として働きに出ていた彼女は、客次第では連れ込み宿へ同行し、稼いでいたという。
そんな彼女は、女将によれば午前2時ごろに客と店を出ており、その男はひさしのついた赤い帽子をかぶっていたとの情報が入る。そこで捜査本部は、この赤い帽子の男についても、有力な容疑者とした。
この時点での有力な容疑者は3人。そこからまず消えたのは、元夫の飛田である。面通しを行った鎌田屋の女将は、「この人じゃない」と否定。本人にもアリバイがあった。
続いて容疑が消えたのは、現在の同棲相手である石橋。彼についても「違う」と鎌田屋の女将が否定したうえに、アリバイが確認されたのだ。
そうした流れを辿り、容疑者は「赤い帽子の男」だけに絞られた。
捜査員によるI町での徹底的な聞き込みが始まる。そこで出てきたのは、赤い帽子の男が、「かしわや」に行く前に、近くの飲み屋にも立ち寄っていたということ。同店によると、男はどうやら自動車の運転手か助手をやっているようだった。また、そこでも女将や女中に、しつこく関係を迫っていたことが判明する。
さらに捜査を進めたところ、事件当夜の午前4時ごろに、現場から約700メートル離れた商店街のバー「香港」の戸を、「大崎だ」と名乗って、ドンドンと叩いた男がいる、との情報があった。また事件当夜、近くの下宿屋で遅くまで麻雀をやっていた4人のメンバーの1人に、大崎という男がいることが判明する。
捜査員はこの大崎という男を突き止め、本人に当たったところ、バー「香港」の戸を叩いた憶えはないと口にし、彼は言う。
「バー『香港』は知っている。常連だ。しかしあの晩は行ってない。誰かが俺の名を騙ったんじゃないか」
「今晩5000円でどう」
そこで捜査員が、「あんたの名を騙ったやつがいるとすれば、誰か心当たりはないか?」と問い掛けたところ、大崎は答えた。「俺の名を騙るとすれば、N区の佐久間かな…」
その名を聞いて、捜査員は驚いた。実は、事件発覚の翌日、たまたま捜査本部を訪れたN署の刑事課長が、本件犯行の状況や手口の説明を受け、後日になって、「どうも手口が似ている…」と、わざわざ通報してきた男の名が、佐久間太蔵だったのだ。
ただちに佐久間について前科照会を行ったところ、20歳そこそこの彼は、すでに前歴11回を数え、うち強姦が2件、その他は窃盗もしくは傷害であった。
佐久間の強姦の手口は次の通り。
○午後7時30分ごろ、D区内の空き地で25歳の人妻を押し倒し、馬乗りになって、両手で首を絞めて姦淫 ○午前2時ごろ、N区の被害者方居室で、53歳の女を押し倒し、馬乗りとなって、バンドで首を絞め、全裸にして姦淫
そこで捜査本部は、数年前から最近に至る佐久間の写真3枚を入手。鎌田屋旅館と「かしわや」で見てもらったところ、まさに、赤い帽子の男の人相と一致したのだった。
そこで佐久間に対して、行動を監視する尾行班4人をつけ、並行して、彼についての内偵捜査を行うことになったのである。
そうした捜査の結果、以下のことが判明した。
○現在、N区で貨物自動車の運転手として、住み込みで勤めている ○事件当夜はいずれかへ外出している ○赤い帽子は、前年夏に近くのガソリンスタンドでもらい常にかぶっていたが、事件後はかぶらなくなった ○事件後、普段は関心を持たない新聞の記事、ラジオの報道に大きな関心を持つようになった
佐久間が犯人に間違いないとの心証を得た捜査本部は、尾行班に命じて、彼を早朝に任意同行。当初は否認を続けた佐久間だったが、その日の夕方になって、犯行を自供するに至ったのである。
犯行当夜、佐久間は「かしわや」で祥子と知り合い、「今晩5000円でどう」と誘われたという。
そこで寿司屋に立ち寄ってから鎌田屋旅館へと向かったが、それまでに寿司代、タクシー代、旅館代、ビール代として支払った計4000円も、彼女が口にした5000円に含まれていると考えていたとうそぶく。
「だけど女は、ヤルならさらに5000円が必要だと言いました。それで口論になりましたが、結局カネを支払って遊ぶことになり、いざ始めようとしたところ、女がなにやら文句を言い始め、いきなり俺の頬を殴ってきたんです。それでカーッとして…」
佐久間はあくまで自身に都合のいいように説明する。それはまさに、「死人に口なし」の典型であった。
しかし取調官は落ち着いて、彼の発言の矛盾を一つずつ追及していく。そしてついに、卑劣な事件の全貌を明らかにしたのだった。
小野一光(おの・いっこう) 福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。
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