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金正恩の娘・ジュエの登場で過熱する金与正(実妹)vs李雪主(正室)の権力闘争

(画像)Goga Shutter / Shutterstock.com

北朝鮮の国営メディアは2月18日、金正恩総書記が17日に「愛するお子様」とサッカーの試合を観戦したと報じた。公開された写真には、次女の「キム・ジュエ」さんとみられる少女が写っており、観覧席の中央に座る正恩氏のすぐ隣で笑顔を振りまいていた。観覧席の後列の端には正恩氏の妹、金与正党副部長の姿も確認できる。


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試合は内閣と国防省職員による対抗戦で、正恩氏の父、金正日総書記の誕生日(16日)を記念して開かれた。韓国メディアは正恩氏の祖父、金日成主席の直系を示す「白頭血統」を強調し、忠誠を高める狙いがあるとの見方を伝えた。

そんな中で注目されるのが、与正氏の立ち位置の変化だ。2月8日に開催された朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の軍事パレードでも、主賓席に上がったジュエさんはクローズアップされたものの、与正氏は軍人らの後方で1人たたずむ姿を報じられただけだった。

「平壌に住む『赤い貴族』の間では、白頭血統である与正氏、正恩氏の妻である李雪主氏、正恩氏の『1号宅(筆頭側室)』説もある玄松月党副部長ら3人の女性が、それぞれ『大奥』を形成しているという噂が流布しており、ジュエさんの登場で勢力争いが過熱するとみられています」(北朝鮮ウオッチャー)

与正氏の「毛並み」は他の2人と比べるまでもないが、同じ白頭血統であるジュエさんの叔母という立場は、極めて微妙だ。

「女帝」与正氏にもある“狂暴性”

与正氏の叔母である金敬姫氏の夫で、かつては実質的なナンバー2とみられた張成沢氏は、2013年12月に「国家転覆陰謀行為」を理由に死刑判決を受け、即日処刑されている。これを目撃している与正氏だけに、ジュエさんら李夫人の子供たちが成長したあかつきには、自分が粛清されるという恐怖に駆られても不思議ではない。

「しかし、李夫人の子供たちが後継者になる前に、正恩氏の身に何か異変が起きれば、北朝鮮のトップの座に与正氏が就くのが順当な流れです。幹部連中が与正氏を最高権力者に祭り上げれば、おそらく李夫人とその子供たちを排除しようとするでしょう」(同)

1月27日の英紙『ザ・タイムズ』は、与正氏が野心満々で政治、外交に積極的なことから、李夫人はこれを良しとせず、まさに対抗意識から娘を公開したとする記事を掲載した。つまり、与正氏と李夫人との間でバチバチと火花が散っているという見立てである。

その一方で、最近のジュエさんの「売り出し」が練られた演出であるならば、その構想を描いたのは党の宣伝扇動を差配する与正氏ではないか――。そんな見方もある。

「金王朝の権力の基盤は恐怖政治です。国内を恐怖で支配できなければ、独裁体制を維持することは難しい。逆に言うと、血の粛清を繰り返してきた日成氏や正日氏は、それをうまくこなしてきたのであり、正恩氏も狂暴性があるからこそ後継者になれたわけです」(在日韓国紙記者)

確かに、与正氏は「女帝」と揶揄されるほど気性が荒い。2020年12月には汚職を働いた国家保衛省の中堅幹部ら8人が、与正氏の指示で無残にも処刑され、2021年5月には金塊密輸に関わった国境警備隊の兵士ら10人が、やはり与正氏の命令で処刑されたと、韓国メディアが報じている。

なぜいま、次女を登場させたのか…

こうした情報は正確ではない可能性もあるが、少なくとも政権幹部の間で与正氏が「恐怖の対象」となっていることは間違いない。

「与正氏は正日氏の子供の中で、最も頭脳明晰だという評価があり、スイス留学時代には兄の金正哲氏、正恩氏より優れた成績を誇ったといわれます。正日氏が『与正が男だったら私の跡を継がせるのに』とロシアの高官に漏らしたという逸話は、おそらく事実でしょう」(国際ジャーナリスト)

正恩氏と李夫人の間には3人の子供がいるとされるが、その詳細は分かっていない。なぜ、にわかに次女を前面に出しているのかは、諸説入り乱れている。

「この時期にジュエさんを後継者に決めたとすれば、正恩氏に健康不安があるという事実を国際社会に向けて発信することになります。米韓とにらみ合っているさなかに、そんなメッセージを拡散するはずがありません」(同)

一番上の子供は男子といわれているが、だとすれば男尊女卑の儒教文化が色濃く残る北朝鮮で、『わざわざ女の子を、しかも次女を後継者にしなければならないのか?』という素朴な疑問が湧く。

「過去には正日氏の後継者として、最も正統な長男の金正男氏が取り沙汰され、その後、次男の正哲氏が本命とされたこともありました。結局、三男の正恩氏と言い当てたのは、現在、北朝鮮で消息不明となっている『金正日の料理人』こと藤本健二氏だけでした。北朝鮮で後継問題は絶対的なタブーなのです」(前出・北朝鮮ウオッチャー)

果たして北朝鮮に、核のボタンを握る女性独裁者が出現するのか。

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