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絶滅危惧種「クロマグロ」の養殖ビジネス本格化への茨の道~企業経済深層レポート

(画像はイメージです)sasazawa / Shutterstock

クロマグロは寿司ネタや刺身などの和食の高級食材に使われ、魚体の色と希少価値から別名「黒いダイヤ」とも呼ばれている。しかし、価格の高騰に伴って乱獲が進んだため、現在は厳しい漁獲規制を受けている。

特に日本のクロマグロ漁業の大半を占める太平洋クロマグロは、2014年に国際自然保護連合(IUCN)から絶滅危惧種に指定され、このままでは「高級寿司も刺身も日本の食卓から消えかねない」という懸念が高まっている。

そんな中、商社や水産業社の間では「完全養殖」への動きが活発化しており、激しい競争が勃発しそうな気配だ。

漁業関係者が語る。

「近年、欧米や中国では魚料理、中でもヘルシー料理として刺身の消費がはね上がり、国内の漁業者は争って漁をしてきました。産卵地に船を出し、巻き網漁で稚魚から産卵直前のマグロまで一網打尽にしたため、貴重な水産資源を枯渇させてしまったのです」

さて、そんな中で注目を浴びているマグロの完全養殖について、養殖事業者が明かす。

「クロマグロの養殖には、蓄養と完全養殖の2つがあります。蓄養は天然の稚魚や幼魚を捕獲し、それをいけすで成魚まで育てること。しかし、この蓄養で逆に稚魚や幼魚の乱獲が止まらず、かえってクロマグロを絶滅に追い込みかねないという声も出てきた。そこで注目されたのが、卵から人工ふ化させて成魚まで育て、さらに卵を取ってサイクルさせる完全養殖です」

打ち出の小槌を手に入れたも同然

世界的に魚類消費が右肩上がりの中、高級魚の完全養殖に成功すれば、企業は絶え間なく水産資源を供給できるようになる。まさに打ち出の小槌を手に入れたも同然だ。

確かに、国連食糧農業機関(FAO)の2020年版『世界漁業・養殖業白書』でも、2030年の魚介類総生産量は18年から15%増の2億400万トンに増加し、そのうち養殖の割合は現在の46%から大幅増と予測されている。高値のクロマグロだけに、完全養殖の成功はビッグビジネスに結びつく。

各企業が躍起になるのも納得だが、その1つが総合商社の双日だ。水産業関係者が明かす。

「双日は08年、長崎県の玄界灘沖にある鷹島に、双日ツナファーム鷹島を設立。当時、まだ養殖は手探り状態で、総合商社としては初の事業参入を不安視する声もありました」

しかし、その後に漁獲規制がかかったこともあり、本格的な完全養殖にも取り組み、苦節10年、18年には完全養殖マグロの初出荷にこぎ着けた。

“近大マグロ”をブランド化

その手法は卵からふ化させた稚魚を、気候が温暖な和歌山で300グラム程度まで育成させた後、玄界灘の早い海流と低温の鷹島の海に移動させる。これで身が引き締まり、一段と味わいのあるマグロに育つという。

また、双日はNTTドコモや電通と組み、画像解析AIシステムを駆使して品質を管理するなど、IT化にも積極的に取り組んでいる。現在、いけす33基で約4万尾を育てており、そのうち2割は完全養殖だ。

02年に世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した近畿大学(近大)と、いち早くタッグを組んで中間育成事業を始めたのは、トヨタグループの豊田通商である。

「豊田通商は近大から小さな稚魚を仕入れ、これを長崎や沖縄で50~60センチの幼魚、いわゆる『ヨコワ』に育て、それを養殖業者に販売していました。現在はヨコワから成魚まで育て、『近大マグロ』ブランドで売り出しています」(同)

大手水産企業も、早くから養殖ビジネスに参入している。

「国内トップのマルハニチロは、87年頃からクロマグロの養殖実験を始め、15年に初出荷に成功しました。現在は奄美大島で約1万尾を養殖し、19年からは欧州に生食用クロマグロを輸出しています」(同)

そのほか、水産業ナンバー2の日本水産や同3位の極洋も、完全養殖クロマグロの安定供給体制をつくり、今では水産大手3社がそろい踏みで商業出荷を行っている。

ふ化しても大半が1週間前後で死んでしまう…

かくして完全養殖は順調なように思われるが、今後の課題と期待を水産アナリストが指摘する。

「1匹の成魚が生む卵は1000万個以上だが、卵からふ化しても大半が1週間前後で死んでしまう。また、共食い、水槽への激突死も多く、生存率は0.1%とも言われます。現在は業者の水質、温度管理など血のにじむような努力で、3%前後まで高まりました」

また、マグロを1キロ太らせるためには、13~14キロに及ぶアジ、サバの生餌が必要だったが、最近はコストダウンと省力化を目指し、各社とも配合飼料を進化させつつある。

「今後、稚魚の生存率をアップさせ、品質が向上すれば、天然ものを超えるメイド・イン・ジャパンのクロマグロが、さらに世界に伸びていくでしょう」(同)

大手企業が続々とクロマグロの養殖に参入したことで、希少種の保護や日本の魚文化の将来に、微かな光が差し始めたようだ。

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