森永卓郎 (C)週刊実話Web
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労働市場「三位一体改革」の正体~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』

岸田文雄総理は施政方針演説で「リスキリング」「職務給」「労働移動」という三位一体の労働市場改革を実施すると宣言。これまでの年功序列、終身雇用という日本的雇用慣行を否定し、アメリカ型のいつでも賃下げや首切りができる労働市場に変えようという取り組みだ。なぜ岸田総理は、突然改革を打ち出したのか。


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三位一体改革の背景には、財界からの強い要請がある。日本の大企業は、この四半世紀、デフレ経済のなかでも利益を拡大してきた。最大の理由は賃金が上がらなかったからだ。世界のなかで日本だけ賃金が上がらなかった最大の理由は、日本の労働力供給が増加し続けてきたからだ。


日本の生産年齢人口(15〜64歳の人口)は1997年の8699万人がピークで、その後、減り続けている。昨年は7413万人とピーク時から15%も減少した。ところが、実際に働いている人の数(就業者数)のピークは2019年で、生産年齢人口のピークから22年も後にずれている。


人口が減っているにもかかわらず、なぜ働く人の数が増え続けたのかといえば、高齢者、女性、外国人の労働者数が増えてきたからだ。1997年から2019年の22年間で、高齢就業者は421万人、女性労働者は340万人、外国人労働者は147万人も増えた。表向きの理由は、生涯現役社会、男女共同参画、そして国際貢献だったが、実態は低賃金労働力を豊富に供給することだった。

財界が手を付けた“正社員の賃金”

年金の支給開始年齢を繰り延べることで、高齢者は定年後も働き続けることを選ばざるを得なかったが、そこでの就業機会は、最低賃金ギリギリの単純労働が大宗を占めていた。女性労働が大きく増えたと言っても、その大部分はパートタイマーや派遣労働という低賃金労働者だった。さらに、技能実習生を中心とする外国人労働者も、実習とは名ばかりの厳しい労働環境で、低賃金労働者として活用されてきた。つまり日本の低賃金は、彼らが労働力として大量参入することで支えられてきたのだ。

ところが、日本の就業者数は19年の6750万人をピークに減少に転じ、昨年は6723万人と27万人も減少してしまった。もちろん、高齢者や女性や外国人の労働者は増え続けているのだが、人口減の影響が上回って、もはや労働力の供給増を期待することはできない。そこで、ついに財界は最後の牙城である、正社員の賃金に手を付けようとしているのだ。


職務給に切り替えて成果主義を強化すれば、賃金の切り下げが可能になる。成果を評価するのは、本人ではなく企業だからだ。また、「リスキリングで、より高い報酬を得られる仕事への転職を支えますから」という甘い言葉に乗って、会社を辞めたらどうなるか。短期間の教育訓練を受けた程度で、中高年が高度なIT技術者になれるはずがないということは、冷静に考えれば誰にでも分かるだろう。正社員として再就職先を見つけることがままならず、最終的にやむを得ず低賃金労働者として再就職するしかなくなるのだ。


その結果、安定した雇用と賃金の正社員が切り崩され、結果的に生き残るのは高賃金を得られる大企業のエリートと、そこに賃金水準を合わせている公務員だけになる。昔のソ連や東欧諸国のような経済構造に日本が変わっていけば、さらなる格差拡大は確実だ。