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『昭和猟奇事件大捜査線』第40回「居間に半裸の新妻が…前科ある元不良少年の犯行か?」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです(画像)JinFujiwara/Shutterstock

昭和30年代の関東地方某県でのこと――。

夏の日の午前10時ごろ、田沼光輝(仮名、以下同)は夜勤を終え、T町にある自宅へ帰ってきた。

家の前から帰宅したとの声をかけると、いつもなら結婚して間もない妻の冴子(22)が戸を開けてくれるのだが、その日に限って返事がない。

そこで光輝が裏側の勝手口に回ると、室内側の心張棒がかかっていなかった。不審に感じながら室内に入ると、西側の8畳間で冴子が半裸の状態で死んでいるのを発見。慌てて近くにある実家の田沼家に連絡し、弟の田沼廉太郎がT署に届け出たのだった。

殺人事件であることが明らかだったため、T署は県警本部に事件の概要を報告するとともに、全署員の招集を行う。県警本部からは刑事部長以下、捜査員が現場に駆けつけ、本格的な捜査が開始されることになったのである。

現場はT駅から約400メートルの小高い丘にある一軒家。冴子の死体は、8畳間の中央に仰向けの姿勢で、下半身が裸にされて、足は60度ほど開かれており、腰から足にかけて、座布団2枚とスカート1枚が被せられていた。

首にタオルが巻きつけられており、絞殺であることは明らかだ。頭部より約60センチ離れたところには、白いズロースが丸めて置かれていて、それには少量の口紅が付着している。

屋外に白っぽいパラソル…

解剖が行われた結果、死因は絞殺による窒息死で、死後20時間が経過していると推定された。また、現金2500円が持ち去られていることも判明する。

T署には捜査本部が設置され、まずは現場検証、死体解剖、参考人の供述が総合的に検討された。

物盗りとしては、箪笥と鏡台の引き出しが開けられており、箪笥内にあった現金がなくなっていた。また、犯行現場は小高い丘の一軒家で、犯人としては狙いやすい場所であった。

怨恨痴情については、被害者の冴子は美人で、派手な服装を好み、かつ結婚後の日も浅く、それ以前に男関係があったとの風評もある。この点は重要視する必要があった。

さらに、敷鑑、土地勘、流しのいずれかの犯行については、夫が不在時の昼間の犯行でありながら、内部からの戸締まりが完全であり、箪笥から現金を盗っているが、他の場所などを物色したと認められる点が薄い。死体の腰から足にかけて座布団、スカートで覆われているなどの特徴がある。

こうしたことなどから、濃厚な敷鑑を有する者の犯行と認められる状況であるが、そこで決めつけずに、基礎捜査に重点を置くこととし、以下の捜査方針が立てられた。

○犯行後の足取り捜査
○現場中心の聞き込み捜査
○被害者の身辺捜査
○被害者の夫・光輝の職場関係捜査
○被害者の出入り関係の捜査
○被害者ならびに夫に対する痴情、怨恨関係の捜査
○土地勘を有する不良者、前科者の捜査

死体発見の前日、冴子は午前7時20分ごろに光輝を勤めに送り出すと、午前10時ごろに裏庭で洗濯をし、午後1時ごろに洗濯物を取り込んでいる姿が目撃されていた。だが、それ以降に彼女の姿を見たという人物は、現れなかった。

ただし、T町の小売店店員が、午後2時半ごろ、商用で田沼家の前を通ったところ、同家の西側廊下のガラス戸が少し開いており、屋外に白っぽいパラソル1本が立て掛けられているのを目撃している。しかし、そこから犯人に直接結びつく情報には至らない。

また、冴子と光輝に関する痴情、怨恨関係についても調べられたが、そちらについては、特に疑いを抱かれる人物は現れなかった。

同時に、土地勘のある同一手口の前科者関係の捜査について、専従班が25名に上る該当者の、犯行当日のアリバイ及び生活態度などについての捜査を行ったが、こちらでも特別な容疑者は出てこない。

現場の遺留指紋や掌紋などについても、すべてが関係者のもので、犯人が遺留したと思われるものは発見されず、有力な証拠がない状況が続く。

犯人の確信が得られて通常逮捕へ

こうして事件発覚から1週間が経過したところで、捜査員がT町の自動車修理業者の中村誠一から、有力な情報を聞き込んでくる。

それは事件発覚後に、中村のもとへT町に住む神谷喜助(21)がやって来て、「俺はアリバイがある。俺ならあんなところは狙わない。人を殺すことはたやすい。首を絞めればぐったりとして、口や鼻から血を出す」などと言ったというのである。

神谷はかつて××元首相の暗殺を企て、凶器を持って宿舎の塀を乗り越えて侵入したところを逮捕され、少年院に収容された前歴を有する不良少年だった。

さらに、中村が経営する自動車修理工場の運転手・広田幸男が、死体発見前日の午後3時ごろ、神谷を現場近くから車に乗せた事実がある、ということが判明したのである。

すぐに神谷に対する内偵捜査が行われたところ、以下の容疑が認められた。

○本人は盗癖があり、かつ凶暴性を有し、過去において××元首相を暗殺せんとした経歴がある
○T町の実家に帰ってきてから生業もなく、無為徒食に耽っている
○犯行前後に現場に足がある
○広田運転手が自動車に乗せたとき、神谷は女物パラソルを持っていた。そのパラソルは小売店店員が目撃したものと合致する
○さらにそのとき、神谷は女物下駄を履いていた。これは現場遺留の足跡に酷似する
○T駅前の公衆電話から「俺は犯人を知っている。神谷という20歳くらいの男が被害者方に入ったのを見た」との怪電話があった

こうしたことなどから、神谷喜助による犯行であるとの確信を得た捜査本部は、事件発覚から19日後に、彼を通常逮捕したのだった。

逮捕後、すぐに犯行を認めた神谷は語る。

「それまで働いていた××組の飯場をやめて実家に帰ったが、適当な就職口もなく、所持金は使い果たしてしまったので、就職の活動費と小遣い銭を得るためには、強盗が一番手っ取り早いと考えていました。それで、T町の果物屋でナイフを盗み、適当な場所を物色していたんです…」

疑われないよう偽装を思いつく…

そこで田沼家について、妻の冴子がいつも一人で留守番をしていることを知る。神谷は指紋を残さないために皮手袋を準備。果物ナイフとタオルを携え、小雨が降っていたために母親のパラソルを持ち、女物の下駄を履いて家を出たのだった。

「様子を窺うために家の前を通り過ぎると、奥さんは一人で窓を開けて裁縫をしていました。そこで自分のアリバイを作るため、そこから150メートル離れた伯父の家に立ち寄り、その後で現場に引き返したんです」

神谷は廊下から田沼家に侵入すると、冴子に背後から近づきナイフを突きつけると「静かにしろ。カネを出せ」と脅した。そして、持参したタオルで彼女を後ろ手に縛ると、その前掛けを外して猿ぐつわにした。

「窓を閉め、かかっていたラジオのボリュームを上げました。奥さんが『カネは箪笥にあります』と言うから連れて行き、現金2500円を奪ってから、さらにナイフを突きつけると、『命だけは助けてください。なんでも言うことを聞きますから』と言われて…」

その言葉に、神谷は劣情を催したのだという。

「ブラウスを着ていたので、その後ろボタンをナイフで切り取り、脱がせてその場に押し倒しました。奥さんの白いズロースをはぎ取ると、自分のズボンと猿股を膝下までおろして、馬乗りになって挿入したんです。ただ、途中で誰かがやって来るといけないと思い、最後までイクことはなく、向こうの体から離れました」

その段階で、このままでは顔を見られているから自分の犯行であることが発覚する、との思いが頭をよぎったと語る。

「最初から予定していた通り、殺してしまおうと考えました。横向きになっている奥さんの背後にまわって、そこにあったタオルを片手に持ち、接吻するように装って、片手を首にまわして頭を上げさせると、すばやくタオルを首に巻き付けて締め上げたんです。時間は3分間くらいでした…」

神谷は、怨恨のように装えば自分の犯行と疑われないと考え、偽装を思いつく。

「台所から菜切り包丁を持ってきて、奥さんが着ていたシュミーズやスカートの前部分を切って半裸にし、アソコの上の部分に傷をつけ、座布団やスカートをその上にのせてから、その場を離れました」

また、外見を変えることで捜査の目をくらまそうと考え、クリーニングに出していたズボンやアロハシャツに着替え、髪型を短いGI刈りにしたのだった。

その後、神谷の自供に基づいて、犯行に使用された果物ナイフやタオルなどの捜索が行われ、供述通りの場所から発見される。また、現場遺留の足跡についても、当日に神谷が使用した女物下駄のものと一致した。

さらに、当日の行動やその他についても、裏付け捜査によって、神谷によるもので間違いないことが確認されたのである。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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