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『昭和猟奇事件大捜査線』第39回「夫婦でありながらお互い浮気三昧…多情夫妻の悲劇的な結末」~ノンフィクションライター・小野一光

Starodubtsev Konstantin
(画像)Starodubtsev Konstantin/Shutterstock

昭和30年代の東北地方某県X町でのこと。

家の前で遊んでいた2歳の小野寺宏樹(仮名、以下同)が大便で服を汚しているのに気付いた、隣家の大工・日高満男の妻・芳江が後始末をした。時刻は午前6時すぎ。いつもなら宏樹の母・すみれ(25)が表にいる時間のはずだが、その日に限って姿を現さない。

2時間ほどして芳江が小野寺家に声をかけたが、返事がないため、縁側に回ってガラス戸越しに寝室をのぞくと、布団の一部が不自然に盛り上がっている。

不審に感じた芳江は、夫の満男にそのことを知らせ、さらに近所に住む親戚の日高健吾にも事情を伝えて、3人で玄関から小野寺家に上がり込む。

声をかけながら奥の8畳間の寝室に入ってみると、確かに布団が盛り上がっている。そこで満男がめくったところ、あまりの驚きに腰を抜かしそうになった。

布団の膨らみは、血まみれのすみれの死体だったのだ。健吾が近くに住むX署に勤務する警察官に事情を伝え、すぐにX署に報告が上げられた。

捜査員が駆け付けたところ、死体は8畳の部屋の中央で布団に仰向けの姿勢で横たわっており、目を閉じ舌の端を噛みしめ顔を右に向けていた。

左側頭部には長さ5センチ、幅1センチの鈍器で強打されたような陥没剣傷があり、敷布や枕、畳などに多量の血痕が見られた。また、頸部には黒色の男物兵児帯が2周巻かれており、左顎の下で強く結束されている。

死体の上には下着を揃えた丹前、その上に掛布団がかけられており、それらを取り除くと、白のメリヤスシャツに黒色木綿のズロースという姿だ。ズロースおよび腰部の敷布団一帯は、尿で濡れていた。

屋内の状況は、勝手口の土間に血液が数滴落ちており、小瓶の蓋や空瓶、大小の茶碗の破片が放置されたままだった。さらに土間の隅では、峯の部分に血痕が付着した斧が置かれているのが見つかる。

死体のあった寝室では、和箪笥、洋服箪笥、ベビー箪笥の全てにおいて、観音開きの引き出しが開放されており、衣類などが散乱。物色した跡が見られた。

すでに破綻していた夫婦関係

直ちに行われた法医学者による解剖により、死因は絞頚および打撲による脳震とうで、死後経過時間は15時間前後との結果が出た。

所轄であるX警察署には捜査本部が設置され、現場検証や解剖の結果などを受けて、以下の捜査方針が立てられる。

○被害者の身辺捜査
1.犯行時間の推定と生前の足取り
2.被害者の痴情怨恨関係
3.夫・小野寺浩司(32)の痴情怨恨関係
4.夫の犯行当日の行動とアリバイ捜査
5.賃借関係と支払い状況の捜査

○現場中心の聞き込み
1.現場中心の地取り聞き込み
2.犯行後所在不明者の内偵
3.不良青年ぐ犯者の調査
4.前科者の内偵
5.押し売り、浮浪者の洗い出し

○交通機関の捜査
1.通行諸車の洗い出しによる不審者の発見
2.バス発着所、駅における乗降客不審者の発見

○料飲店関係捜査
1.犯行前後の料飲店、旅館などの客の洗い出し
2.遊技場、映画館等における不審者の捜査

○なし割り(質屋や古物商への)捜査

隣人で死体の第一発見者である日高満男夫妻によれば、事件が発生した当日、すみれの夫である浩司は、長女の幸子(5)を連れて、約20キロ離れた隣県I町の実家に宿泊しており、自宅には不在であった。

発見前日の午後8時ごろ、日高満男はヤギの乳を持って小野寺家を訪ねた際にすみれと話をしており、その時間に彼女は生存していることが確認されている。

そうしたところ、すみれと浩司の痴情怨恨関係について捜査をしていた捜査班が、それぞれ気になる情報を仕入れてきた。それは次の通りだ。

○被害者のすみれには結婚前より男友達があり、結婚後も引き続き数名の男友達が出入りしている。その中の一人はカネを貸してくれと申し込んでいる
○夫の浩司は2年くらい前よりX町でパーマ屋を営む柴咲千鶴子(26)と関係し、それが発覚してからは、すみれと夫婦喧嘩が絶えない

つまり、夫婦共々に浮気相手がいるというのだ。

その後の捜査によって、すみれの男友達関係の容疑については、アリバイなどによってシロだとされたが、夫である浩司の容疑は、痴情関係のもつれがあったようで、一向に晴れない。そこで、情婦である千鶴子に出頭を求めて、浩司との関係について改めて事情を聴いたところ、新たなことが分かった。

○千鶴子と浩司は2年前より情交関係があり、月に数回密会していた
○最近、千鶴子に結婚話があり、浩司はその結婚を延ばしてくれと頼んでいる

証言からも見て取れる動機の数々…

これらのことに加え、現場検証の結果でも、室内を荒らすなど物盗りの犯行と見せかけてはいるが、目立つ場所にあるすみれの手提げ袋には全く手がつけられていないなど、不自然な状況が散見された。

さらに、凶器は犯人が持参して来たものではなく、被害者方のものを使用していること。殺害方法も念入りで、相手を生かしておいたら、自分であることがバレてしまうという、〝面識動機〟がある者と認められることなど、夫の浩司による犯行である疑いは、徐々に強まっていった。

その後もさらに捜査を進めたところ、浩司の容疑を補強する情報が次々と集まってくる。

○すみれとの間で、夫婦別れの話もあったと、すみれの実母が証言している
○浩司が職場の同僚である女性2人に対し、「子供が2人いても愛情が湧かないが、そのような場合、お前さんはどうする?」と尋ねている
○浩司がX町の料理屋「小舟」の女将・坂田みわに対し、「今は妻の顔を見るのも嫌だ。必ず別れるつもりだ」と話している

ここで障壁となるのが、浩司のアリバイについて。

浩司は叔父の小野寺将助方に、田植えの手伝いに行き、そこで借りた自転車に乗って長女とともにI町の実家に立ち寄ると、その日は泊まり、午後8時ごろには就寝したと主張している。実家の親族も「浩司は夜にどこにも外出していない」と申し立てており、親族の証言ではあるが一応アリバイは成立していたのだ。

そこで捜査本部は、浩司に任意出頭を求めるだけでなく、重要参考人としてI町にある実家に住む、浩司の実兄、母、祖母、兄嫁を分散して取り調べることにしたのである。

するとやがて、実兄が重い口を開いた。

「浩司は(死体発見前日の)夜11時ごろに自転車に乗って家を出た。出るときにどこへ行くと声をかけたら、『(小野寺)将助叔父のところに行く』と言っていたが、事件後、将助叔父に浩司が家に来たかどうかを聞いたら、『その夜は来なかった』と言っていた」

この供述で浩司のアリバイが崩れたことから、捜査員は本人を追及。当初は頑強に否認を続けていたが、やがて観念したのか、妻のすみれの頭部に斧で一撃を加え、兵児帯で首を絞めて殺害したことを自供したのだった。

「彼女の頭に向けて斧を…」

殺人容疑で逮捕された浩司は、犯行に至る流れについて、次のように話す。

「すみれは男出入りが激しく、結婚してからもそのことを改めることがなかったので、私は私で勝手にしようと思い、千鶴子と付き合うようになりました。魅力的な彼女に徐々に惹かれていった私は、関係が長引くほどに、すみれのことが疎ましくなっていました」

その渦中で、情婦の千鶴子に縁談話が持ち上がったのだという。

「妻と別れて結婚するから、ちょっと待ってほしいと頼んだところ、千鶴子から『あんたは結婚を待てと言うけど、当てにならないものを待っているわけにはいかない。私も26歳だし、30歳になったら〝売れ残り〟と言われる。それをいつまで待てと言うんですか? あなたは意気地がないから、あなたの話は信用できない』と責められたんです」

浩司はそこで、すみれの殺害を決意したのだった。

「自分以外の犯行に見せかけるため、私は娘を連れて実家に泊まり、夜中に自転車で自宅へと向かいました。そして風呂場から侵入すると、ひと思いに殺そうと、土間から斧を持ち出し、寝室へ行ったのです。すみれは長男の宏樹と並んで寝ていたので、彼女の頭に向けて斧を振り下ろしました。そして、生き返ることがないようにと、部屋の中にあった自分の兵児帯を彼女の首に巻き付けて、しばらく締め上げてから死んだことを確認しています」

犯行の隠ぺいを計画した浩司は、泥棒が入ったように見せかけるため、箪笥の引き出しを開いて衣類などを取り出し、室内に散乱させた。そのうえで妻の顔に子供用の掛布団をかけて、素知らぬ顔で午前3時ごろに実家に戻ったのだった。

だが、そんな〝猿芝居〟はすぐに露呈。みずからの罪に見合った罰を受けることになったのである。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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