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「強行採決」田中角栄の事件史外伝『史上最強幹事長―知られざる腕力と苦悩』Part6~政治評論家・小林吉弥

衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影(C)共同通信社

自民党議員などの「黒い霧」事件の責任を取った形で幹事長を辞任した田中角栄だったが、その後、党内に立ち上がった「都市政策調査会」の会長として、都市と地方の格差是正を提言した「都市政策大綱」が脚光を浴び、その勢いも借りて3期目の幹事長に就任した。

一方で、「沖縄施政権返還」を悲願とする佐藤栄作首相は、すでにその前提である小笠原諸島の返還を成し遂げ、ここが政権としては踏ん張りどころであった。

そうした中で昭和43(1968)年12月下旬、佐藤内閣としては前途多難が予想される通常国会を召集した。この国会は国鉄運賃法改正案、健康保険法改正案などの重要法案を控え、とりわけ全国で激化の様相を見せ始めた大学紛争への対応に関心が寄せられた。

そのための大学運営法案(正式には「大学運営臨時措置法」)成立いかんでは、佐藤政権の将来を占うことになるだけに、田中の幹事長としての国会運営が注目されたのだった。佐藤は田中の「剛腕」ぶりに、政権の行方を託したということである。

大学紛争の鎮静化を懸けた法案での辣腕

政治部記者のこんな証言が残っている。

「この通常国会は多くの法案で与野党の全面対決となり、なんと自民党は、衆院で15回の強行採決に及んだ。田中幹事長が園田直国対委員長と組んで野党への裏工作を仕掛けるなど、2人の名前を取って『直角国会』の声も出ていた。その中で最も〝直角〟ぶりを示したのが、激化する大学紛争の鎮静化を懸けた大学運営法案への成立道程だった」

この大学運営法案は昭和44年5月24日、国会に提出され、7月24日に自民党は強行採決を行っている。法案は参院審議となったが、ここでも与野党が激突した。

8月3日の参院本会議で強行採決に臨むにあたり、当時、田中の秘書を務めていた早坂茂三(のちに政治評論家)は、「田中が国会運営でこれほど激怒した場面を私は知らない」として、次のように自著『政治家 田中角栄』(中央公論社)で想起している。強行採決の約3時間前、国会内の参院幹事長室でのやりとりと、その光景である。

二階堂進副幹事長「重宗(雄三参院議長)の態度がおかしい」

田中角栄幹事長「あのじじい、ぶったたいてやる」

(田中、廊下に飛び出して、参院議長室に駆け込む)

田中幹事長「おい! じいさん。なんで(本会議開会の)ベルを鳴らさないんだ。早く鳴らせ」

重宗議長「角さん、あんた、オヤジ(佐藤首相)は無理してやることはないという腹じゃないのか。あんた、オヤジとちゃんと打ち合わせてやっているのか」

田中幹事長「何言ってんだ、じいさん。お前さまはもう子供が全部できあがってるから、そんな極楽トンボでいられるんだ。学生を子に持つ、日本中の親たちはどうするんだ。自分たちの食うものも削って、せがれや娘に仕送りしてるんだ。ところが、学校はゲバ棒で埋まっている。先生は教壇に立てない。勉強する気の学生は、試験も受けられん。こんなことで卒業できるのか。就職できるのか。みんな真っ青になっているんだ。気の弱い学生は、大学に行きたくとも行けない。下宿でヒザを抱えている。だから、じいさん、早くベルを鳴らせ。やらなきゃ、この俺が許さんぞ」

重宗議長「まあ、角さん、そうガミガミ言うな」

(重宗議長が保利茂官房長官に電話)

重宗議長「保利さん。角さんが何といってもやれと言っているんだ…」

田中角栄の勢いを止めたい佐藤栄作首相

このあと重宗議長は、田中のあまりの剣幕に押されて開会を決断し、午後8時8分、強行採決によりこの大学運営法案は成立した。ちなみに、この法律の施行により、全国的に燃えさかっていた大学紛争は、潮が引くように収まっていったのだった。

かくて、至難の国会を乗りきった佐藤首相は、大学運営法案の成立から約3カ月半後の11月、訪米して時のニクソン大統領と会談に及び、昭和47年に「沖縄施政権」を返還するとした共同声明を発表するに至った。

まさに、田中の「腕力」を借りての政権運営であったが、佐藤はむしろ田中が自民党内でさらに力をつけてきたことに警戒感を持った。なぜなら、国会運営での辣腕ぶりに加え、昭和44年12月の総選挙(第32回衆議院議員選挙)で自民党は、田中幹事長のもとでじつに300議席を獲得することになり、田中には「日の出の勢いの幹事長」という声が出始めていたからであった。

自民党内では一方で、佐藤が悲願の「沖縄施政権返還」を〝花道〟に退陣するという見方が強まり、その佐藤の後継者として、意中の人物は福田赳夫だろうとの観測も広まり始めていた。なるほど、佐藤は田中の勢いを止めるため、あえて総選挙で300議席を獲得してみせた田中の功績を度外視し、幹事長交代に動こうとしていた。

しかし、選挙で圧勝に導いた幹事長を交代するというのは、過去に例がない。そうなれば田中はもちろんのこと、とりわけ田中に近い議員たちが黙っているわけがなかった。田中の幹事長交代、あるいは続投をめぐって、佐藤との間で激しい神経戦が繰り広げられることになる。

(本文中敬称略/Part7に続く)

【小林吉弥】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。最新刊に『新・田中角栄名語録』(プレジデント社)がある。

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