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『緋色の囁き 新装改訂版』(講談社文庫:綾辻行人 本体価格980円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『緋色の囁き 新装改訂版』(講談社文庫:綾辻行人 本体価格980円)
『緋色の囁き 新装改訂版』(講談社文庫:綾辻行人 本体価格980円)

処女作『十角館の殺人』以来、本格推理小説の王道を弛まず歩む著者。魅力溢れる謎の創造に挑み続ける姿は、永遠に解けない問題と格闘する数学者を思わせる。また平成以降、本格ミステリというジャンルそのものを背負うかのごとき圧倒的な量の仕事ぶりとその厚味は、ほとんど求道的な宮大工を連想してしまう。

実際、以後〝水車館〟〝迷路館〟〝人形館〟ときて推理作家協会賞受賞作の『時計館の殺人』が上下巻、さらに『暗黒館の殺人』に至っては原稿3000枚、なんと文庫版で全4冊のボリュームなのだから。もはや巨匠とか第一人者などとありきたりの呼称を使うより、戦国時代じゃないが〝お館さま〟の尊称を奉りたい。

巷間いわれる人気の〝館〟シリーズとは別に、デビュー翌年の1988年に刊行された本書。今読んでも筆致の瑞々しさと輝きが失われていないのにまず拍手を。

一気に畳みかける緩急自在の文体!

都心から離れた地方都市で、名門の誉れ高い全寮制の女子校を舞台に巻き起こる連続殺人…この状況設定からしてたまらない。ホラー映画史上、殿堂入りの傑作と評価が定まりつつあるダリオ・アルジェント監督の代表作『サスペリア』に触発されてと著者自身が語るだけあって、犯人が被害者を手にかける場面は徹底して嗜虐的な点に思わずニヤリ。

そして、作中に満ち充ちた血の、真紅の、時に炎のように燃える緋色の、とにかく「赤」のイメージだが、イタリアン・ホラー独特の粘っこくどろりと滴り落ちる血糊とは異なって、不思議と爽やかな印象が残る。

女性の心理や生理感覚を繊細に描写するかと思えば、サイコサスペンスの要素も絡まり一気に畳みかける緩急自在の文体。これを20代で書き上げるんだもの、楽しくひれ伏すのみ。

(居島一平/芸人)