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『昭和猟奇事件大捜査線』第38回「消えたシングルマザーとの関係は?神社で見かけた『お化け』の正体」~ノンフィクションライター・小野一光

※画像はイメージです(画像)Phuong D. Nguyen / Shutterstock.com

昭和30年代の夏の終わりごろのことだ。中部地方某県の山間部で、忍者遊びをしていた少年が、あるものを見つけた。

「お宮の中で、お化けが死んでる――」

神社の境内にある無人の社務所で、お化けとしか例えようのない、異形の死体を見たというのだ。

少年の話した噂は家族から集落内へ、そこからさらに駐在所員の耳に届き、駐在所の巡査は所轄のJ警察署に報告を入れた。

現場は「陸の孤島」と称されるほどの僻地。駐在所が行う巡回連絡でさえも山越えが必要な場所であるため、当日は現場保存のみが行われ、翌日になって県警本部捜査第一課と鑑識課による現場検証が行われることになった。

死体が発見された社務所は、鬱蒼とした木立に囲まれた薄暗い小屋で、屋内の中央に横たわる死体は、うつ伏せの状態のままミイラ化していた。

性別は女性で、頭髪はすべて抜け落ちており、花模様のブラウスにスカートを身にまとっているが、それらは体液が染み出て変色し、カビに覆われて異臭を放っている。そのため、ベテラン捜査員も思わず息を呑むほどだった。

死体の頸部は下に荒縄が巻かれ、その上にロープが巻かれているという状態。社務所の裏出入口の障子戸には、マッチ棒をチリ紙に包み、発火装置のようにして取り付けたロープがつり下がっていた。

死体のそばには化粧品、脱脂綿の入った手提げかご、缶詰、湯飲み茶わんが散らばり、他に女物洋傘とサンダル草履が土間に置かれており、現場を観察する限りでは、被害者一人が立ち入ったとしか思われない状況だった。

また、検証に立ち会った法医学者によって、死因は絞頚による窒息死で、死後2カ月ないし3カ月、年齢は30歳前後であるとの鑑定結果が出された。

近くの公民館で開かれた捜査会議では、以下の状況が報告される。

○頸部を荒縄とロープの二重縛りにしてあるうえ、荒縄にチリ紙がより込まれ、何らかの工作が窺われる
○裏出入口の障子戸に発火装置のロープが施してある
○ロープなどの結び方が尋常な方法ではなく、特殊な職業の者によるものだと思われる
○絞頸は別として、発火装置を施してある点は、女性の心理として、自殺後の亡骸を人目に晒したくないとの配慮(放火)とみるべきではないか

こうしたことなどから、あくまでも勘による推測を排除し、基礎的捜査を徹底して、あらゆる証拠を発見するべきだということで、自殺と他殺の両面から捜査を行うことになった。

旅館経営者が見た大変な客

同時に捜査方針として、次のことが決められる。

○被害者の身元割り出しのための遺留品捜査、着衣を広報しての情報提供の呼びかけ
○死亡推定時期の家出人についての捜査
○周辺住民への徹底した聞き込み捜査
○周辺の素行不良者についての捜査
○近隣ダム工事に従事した作業員の洗い出し

そうしたなか、周辺への聞き込みを進めていた捜査班に、興味深い情報がもたらされる。

情報を提供してきたのは、現場を通る鉄道の終着駅となる××湖畔において、坂口旅館(仮名、個人名を含め以下同)を営む坂口総一郎だった。この坂口によれば、2カ月半ほど前に、××湖で屋台を出している清田健吾の紹介で男女1組の客を泊めたが、これが大変な客だったという。

「客が宿を出てから清掃のため押し入れを開けると、浴衣と敷布を血で真っ赤に汚したものが、そのまま突っ込まれていたんです。その日は気付かなかったんですけど、2〜3日経って、客用便所の便槽の中にビニール袋が捨ててあるのが見付かった。これは赤子でも産み落としていったのではと大騒ぎして拾い上げると、中身は血が付いた女物セーターなどだったんです」

袋が汚れていたことから、満水の××湖に捨ててしまったと坂口は語る。

坂口がビニール袋を捨てた時期には、××湖に水が満々と蓄えられていたが、この情報が出た夏の終わりごろは、運良く渇水期であり、湖底は露出していた。そこで捜査班が湖岸を捜査したところ、さほど時間をかけることなく、件のビニール袋を発見することができたのだった。

ビニール袋はすぐに県警本部に持ち帰られ、鑑識課員によって慎重に開封された。中から出てきたのは、女物のセーターとパンティー、さらに雨靴や櫛など。

だが、袋の底に残る汚泥を丁寧に洗いながら観察していくなかで、鑑識課員の警部補が小さな紙の固まりを発見する。よく見るとそれは印画紙で、画像は溶けてしまって見えないが、裏面には小さな文字が書かれていた。

〈小宮清□(?) 昭和三十×年×月七日生〉

一部読めない文字はあったが、おそらく生まれ年から、我が子の写真として持っていたものだろうとの想像がついた。

シングルマザーの女性

坂口旅館に泊まっていた男女のうち、どちらが持っていたものだろうか。いずれにしろ、これは重要な手掛かりだと考えた捜査本部は、ただちに全国の都道府県警本部を通じて、同日生まれの〈小宮清〉または〈小宮清□〉という名前の人物で、該当者がいないかどうかの照会を行った。

すると、N県警本部から回答が寄せられ、N県N郡に住む小宮健一の長男が、小宮清治という名前で、同日生まれであることが判明したのである。

すぐに捜査班がN県へと向かう。そこで内偵捜査を行ったところ、父親の小宮健一は現在28歳。24歳の妻・美由紀との間に清治が生まれているが、今年になってX県J市の会社に出稼ぎに出たものの、間もなく家族への送金が停止。美由紀が会社に問い合わせると、小宮は3カ月ほど前から、市内の飲み屋の女と一緒に出奔していたことが分かったのだという。

小宮が連れ出した女は、X県J市のスタンドバーに勤める立山理沙(28)。理沙には別れた前夫との間に8歳になる男の子がいて、知人に預けられていた。また、彼女には再婚を約束した旅役者の男がいるのだが、店の常連となった小宮と男女の関係となり、互いに相手がいる立場を忘れて、逢瀬を重ねていたことが判明する。

捜査本部は発見された死体が理沙である可能性が高いとして、断定できるための証拠を集めることにした。そこでは、歯型ならびに指紋の鑑定を行うことが決められ、鑑定処分許可状を取って、捜査員が共同墓地に仮埋葬してある理沙の死骸を掘り出す。

そのうえで、死骸の歯型と、さらに苛性ソーダ溶液に一昼夜浸して軟化させた指先から指紋を検出。歯科医院のカルテと、理沙の部屋で採取された指紋との照合が行われたのである。

すると両方とも符合するとの結果が出たことから、死体は理沙のものであると、ついに断定するに至ったのだった。

出稼ぎの寂しさを埋めるために…

一方で、小宮の行方を追っていた捜査班も有益な情報を得てくる。それは小宮が友人に「山の奥の静かなところで女を殺してきた」と語っていたというもの。これにより、捜査本部は小宮の逮捕状を請求。全国に指名手配が行われた。

やがて小宮の行方を捜していた捜査本部は、彼がJ県Z市の海上で船に乗り込んでの作業を行っていることを突き止める。そこで捜査員がJ県に急行し、小宮を逮捕したのだった。

逮捕後、すぐに犯行を認めた小宮は言う。

「出稼ぎをしていて、一人の寂しさを埋めるために立ち寄った店で、理沙と出会いました。彼女とは互いに惹かれ合い、いつしか交際するようになりましたが、そのうちに私は家族への送金を怠るようになったのです」

家庭を顧みない小宮に、妻の美由紀から、連日のように生活苦を訴える手紙や電報が届いたと語る。

「やがて美由紀は、私への仕返しに、息子の清治に辛く当たるようなことまで言ってきました。そうなると子供可愛さから翻意せざるを得なくなり、ここにおいては理沙との関係を清算しなければと思うようになりました。ただ、彼女も親には恵まれておらず、私と同じような境遇で育ってきたことから、なかなか別れを切り出せません。何日も悩んだ末、これはもう、殺してしまうしかないと思ってしまったんです」

小宮はかつて××湖の工事に携わったことがあり、現地の地理に明るかった。そこで、久しぶりに観光に行こうと理沙を誘い出したのである。

「理沙は旅行中、楽しそうにしていました。ただ生理がひどく、浴衣と敷布を血で汚してしまい、それで泊まった旅館には申し訳ないことをしてしまいました」

坂口旅館を出た小山は、J町の山深い神社内で理沙の首を絞めて殺害。自殺に見せかけるために、発火装置を作成したという。

彼は涙を流して悔いた。

「犯行後、気が休まることはありませんでした。この手で殺めたときの理沙の顔を思い出しては、いつも手を合わせていました…」

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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